メガロス騒動(4)

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メガロス騒動(4)

文脈から意図を汲もうとしていると、ゼクソニアンが薄目でルーベウスを睨んで言った。 「ルビー、猥談は()せ」 「ギルの恋愛観を知りたいんだって。で、ギル、どうなんだよ」 『......そういう関係ってどういう関係?』 「それはその、ほら、キスとか......手を繋いだりデートしたりする関係だよ。女性と触れ合いたい欲はあって、やろうと思えばできるのかって」 言いながら照れるルーベウスを見てギルバードはやはりそうかと合点がいき、しかし自分でも未だかつて考えた(ためし)のない話であるため少しの思考を経て答えた。 『触れ合いはできるよ。でもしない。俺は蛇で使い魔だから』 「蛇で使い魔でもさ、好きとか可愛いなあとかもまったくないのか?」 うーん、とギルバードは首を傾げて悩む。 嫌いという感情であれば明確にわかり、目鼻立ちが整っているかどうかの判断も自分のものさしではあるが可能だった。 ただ、"好き" という感情がどんなものでどんな感覚を(もたら)すのかは一切想像ができなかった。 『令嬢達を見てもヒトの群れがいるなあとしか......好きっていうのはよくわからないけど、関わりたいとは思ってない』 「めっちゃくちゃ美人がいても?ちょっとの恋愛感情も欲求も湧かないのかよ」 『どっちも湧かない。生殖能力もないのに恋愛感情や欲求だけあっても仕方ないと思う』 「おおん......」 使い魔として召喚される動物には生殖能力がなく発情期もない。だから使い魔としては至極合理的な考え方に思えたものの、人の容姿でする発言としてはこの上なく空虚で味気なく聞こえた。 「じゃ、主人から "キスしてきて" って言われたら?」 使い魔にとって意味を見出だせない不本意な行為であっても、主人の(めい)という大義名分が生じればやるのだろうか。 『ライラが言うなら従うよ』 ギルバードは少しも悩まずに答えたが、 『でも令嬢にはしないかな。するならナインとかルーベウスとか後腐れない人にする』 「...............んっ?」 一瞬、頭が追いつかなかった。 「やめろよ?てか後腐れって」 『令嬢にキスしたら確実に勘違いさせちゃうじゃない。だったら戦士の誰かにして、後で謝る』 「........いや、駄目だろ。やるなよ絶対」 『ライラに言われなければやらないよ』 「言われても駄目だって。騒ぎになる」 稽古場でやられようものなら違う意味で令嬢達が叫喚(きょうかん)する。 サッと青ざめるルーベウスにゼクソニアンは妙な質問をするからだと呆れ果て、それでもギルバードの話自体は興味深く聞いていた。人間の輪の中にいて人間然として振る舞い、人間の思考をしっかり理解してはいてもギルバード自身の価値観は使い魔の域を出ないらしい。 ギルバードは青い顔をするルーベウスを見て小首を傾げていたが、つとゼクソニアンに視線を流した。 『戦士って皆何歳くらいで結婚するの?』 「家の都合で早い者もいるが(ほとん)ど三十以降だ。他の職と比較して晩婚傾向にある」 『どうして遅いの?』 戦士の職は高収入と聞くため金銭的な理由ではないだろうとアタリをつけて尋ねたところ、 「戦士の中でも戦闘を生業(なりわい)とする早年部隊は殉職率が高い。故に結婚は王宮内勤務や警備が主となる中堅部隊に上がるまで待てという不文律がある」 『殉職...』 要するに若者が死にやすいキャリアプランが祟って婚期が遅れていると。 重い響きを舌に味わいつつ早年戦士との恋は結実まで長丁場(ながちょうば)になりがちなんだと知った上で別の疑問が湧いてくる。 『ギャラリーの令嬢達は戦士が晩婚だって知ってるの?彼女達は早めに結婚したそうだけど』 「無論(むろん)彼女らの多くは早々に結婚する心算でいる。実際猛攻に敗れて二十代で結婚する戦士もいるためそれ狙いだろう。媚薬入りの香水や菓子を用いるのは手管の一つだ」 ギルバードは香水の香りがたっぷり染みたクッキーの包みを思い出して戦慄する。 もしかするとあれは令嬢の移り香ではなくお菓子の生地にも媚薬を練り込んで―――。 「遊び相手を探してるだけって令嬢もいるにはいるぞ」 復活してきたルーベウスが口を挟んだ。 「俺は結婚はまだしないからそういう娘達と遊べればいいなと思ってる。全然遊べてないけどさ。ゼクスも結婚するとしたってまだ先だよな?」 ゼクソニアンは切れ長の双眸を(わず)かに見開く。怪訝な顔をするルーベウスから目線を外してボソリと、 「最近、若干考えを改めた」 「えっ......どこを」 子供の頃からずっと、一生独身でいると振り切った答えを返してたのに? 「独身でもいいとは思う」 ゼクソニアンは依然ルーベウスの方は見ずにボソボソと話す。 「だが、結婚も悪くない」 「まあ、言ってもまだ先だろ?」 「.........それは私一人では決められない。相手の要望に沿って決める。()()も望みに従って結ぶ」 「おいおいおいおい」 絶句する。 "若干"考えを改めた? どこが若干だ、以前のスタンスとまるっきり真逆じゃないかと(まく)し立てたい衝動を我慢する。 冗談を言う性格でもなし、一体なにが堅物男に心変わりをさせたのか。 考え得るとするならば。 「ゼクス。お前............」 コレか?と小指を立てて見せるとゼクソニアンは即座に手を掴んでテーブルの下へと降ろさせた。 「馬鹿、変な気を回すな」 「でも結婚はともかく誓いをいつでもいいはおかしいだろ」 「私の誓いなど惜しむに足りぬというだけだ」 人の目を一切見ずに答える様に絶対なにかあっただろと確信して更なる追求をしてやろうと画策するが、ここでギルバードがのんきな声で尋ねてきた。 『ゼクソニアン、誓いって?』 「......《聖騎士の誓い》や《戦士の誓い》と呼ばれる儀式だ。アルゴンの戦士が女性や王族に永遠の愛や忠誠を誓い守護を約束する。戦士生涯で只一人にしか捧げられない特別な契約だ」 『なにか恩恵がある儀式なの?』 「誓った相手に神力の守りをかける」 「守りとか抜きに令嬢にとっちゃ憧れの儀式なんだぞ」 ルーベウスは頭の後ろで手を組み、ゼクソニアンの様子をさり気なく観察して言った。 「戦士が女性に誓う場合は最上級の愛情表現になるんだ。"身命身使(しんめいしんし)()して一生あなたを守り愛します"ってな。しかも戦士人生で一回こっきり。勢いでやると後々トラブルになる。結婚した後で別の女性に誓ってたことがバレて妻がブチ切れるって話はちょいちょい聞く」 『うーん......隠して結婚は良くないね』 夫の最上級の愛情表現が他の女性に捧げられているとなれば、妻として辛く感じられて当然だと不憫に思った。 『王族に誓う戦士はどれくらいいるの?』 「それは王族の数しかいない。誓いは一人の人に対して同時には結べないんだ。憶測だけど隊長はアラン王子に誓うだろうって部隊では言われてる。令嬢達には内緒な」 『ナインがアランに?』 思わず首を(ひね)る。ナインハルトが誓いをしたいと言ったとして、アランがそれを()とするだろうか。 戦士である彼が他人の守り―――しかも友達でライバルのナインハルトの守護を受け入れるというイメージが浮かばなくて、ギルバードはより可能性の高そうな思いつきを口にした。 『ナインが誓うならアランよりもライラじゃない?』 「まさか。それだと隊長と結婚するみたいになっちゃうだろ」 『ライラがアランと結婚して王家の一員になった後にさ。それなら忠誠の意味で結べるでしょ?』 「そりゃあそうだけど」 ルーベウスは思案の末、手をひらひらと振った。 「いやー、ないない。俺はアラン王子が結婚と同時に誓うと思うな。聞く感じガチ恋なんだろ。他の戦士に誓わせるのは男のプライドが許さないと思う」 『そういうもの?』 「そういうもんだ」 「.....私は隊長が誓う可能性も(ゼロ)ではないと思うが」 二人揃って目をやるとゼクソニアンは外の雑踏に目を向けていた。興味なさ気に見えて話は(つぶさ)に聞いていたらしく、淀みのない口調で自身の見解を語り始めた。 「誓いの守りは戦士の神力と体力を代償に発動する。有事の際に王子が自身の手で妃を守ろうとするのであれば誓いは結ばず十割の力を維持しておく方がいい。併せて妃に別の戦士による守りを掛けておけばより安心して戦える」 ゲッ、とルーベウスは身を反らす。 「アラン王子が全力で戦うために隊長が犠牲になるって話か」 「犠牲ではない。真の忠誠だ」 「......でも自分の妻と他の戦士が誓うのは誰にとってもフクザツじゃんか。世間的にも微妙っつーか」 「相手が過去戦闘で瀕死になった経歴のある女性であれば、誓いを単なる保険と捉えて活用するのも一手だと私は思う。但し考え方は人其々(それぞれ)だ、正解はない。自分が誓うにしろ他人に誓わせるにしろ愛や忠誠故であることに変わりはない」 「まあ、うん......そうか......」 たしかに自ら戦闘に繰り出してしまう令嬢が相手となると手堅い守りが必要かもしれない。ルーベウスは一定の納得はしたものの、聖騎士の誓いに関する考察を我が事のように語る友を釈然としない顔で見た。 ギルバードはゼクソニアンの見解を聞いてまだ見ぬ未来に思いを馳せ、ぷっと吹いて笑い出した。 『ライラは聖騎士の誓いに憧れを持ってないから、他人が消耗するぐらいなら誓いの守りは要らないって断固拒否するんだろうな』 経験上、想像するのは簡単だった。 普通の令嬢なら喜ぶはずの申し出だって、「ギルがいるから不要です」とか「私も戦えますので」とか言って拒否をして、最終的には「要らないって言ってるでしょう!」と怒り出して、きっとアランやナインを困らせるんだ。 聖騎士の誓いについてはその日が来るまで黙っておこう。 ギルバードはそう決心をして頭に浮かんだライラの怒り顔を打ち消した。そうして対面を見るとゼクソニアンは相変わらず外を眺めており、ルーベウスはまたもメニューを開いていた。 『ルーベウス、まだ食べられるの?』 「んー......いや、もういいや。それより俺ゼクスと腹を割って」 「ではそろそろ行こうか」 ゼクソニアンは(おもむ)ろに席を立ち、ルーベウスの手からメニューを抜き取ってテーブルに置いた。そのままさっさと歩き出し、ルーベウスは白い髪をごしゃごしゃやって後を追い、ギルバードも弓矢を担いで二人に続いた。 会計を終えていざ店を出ようとすると、 「あのっ!!」 背後で若い娘の声がして振り向くと、先程飲み物を運んできたウェイトレスがお下げ髪を揺らして立っていた。
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