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メガロス騒動(5)
「あの.....またいらしてくださいね」
ルーベウスは肘でギルバードの脇腹を小突いて返事をしろと訴える。ギルバードは何故自分がと思いはしたが笑って軽く手を振った。
『うん。またね』
「!?」
娘は真っ赤な頬を押さえて厨房に駆け戻り、ギルバードは肩をすくめてそれ以上特に関心のない顔で踵を返した。風に靡く銀色の髪は黄砂に煽られてもなお輝きを放ち、星屑の如き煌きを見せる。異国情緒のある容貌はすれ違う人々の目線を吸い寄せて止まず、その光景を前にルーベウスはやれやれとため息をついた。
歩くだけでモテるのに、興味がないなんて。
もったいない。
『ここで買えないものってあるの?』
三人でのぶらつきを再開しながらギルバードは左右に並ぶ露店を見渡して言った。右には岩塩と思しき岩の塊の量り売りと義足ショップがあり、左には動物の骨と皮が無造作に吊るされた奇妙な店が数軒並ぶ。怪し気な香の香りがふわりと漂ってきて反射的に息を止める。
「生き物以外はなんでも買える。あれ見てみろよ」
ルーベウスが指差す先には白い包帯でぐるぐる巻きにされた等身大の物体が箱に入って立て掛けられており、ギルバードは息を止めつつなんだろうと思って目を細めて見ていると、
「人のミイラ。人間も死体なら買えるんだ」
ぶはっ、と息を吐き出す。
『それ合法?』
ルーベウスは頷き、ゼクソニアンが補足する。
「正式な手続きを経て発掘した遺体のみ販売可能だ。贋作や盗掘品は処罰される」
『あ......良かった』
遺体を商品にするのは倫理的にどうかと思ったが、売るために量産してはいないとわかっただけほっとした。
「おっ!あの店見ようぜ」
急にルーベウスがはしゃぐ声を上げ、斜め右手に見える店を指差して早足に寄って行った。ついて行くとテーブルの上に機械仕掛けの動物が整列して並んでおり、全員ミニチュアの椅子に座って三人を見上げていた。
「これこれ、こういうのを趣味で作ってるんだ」
「いらっしゃいませ」
客引きをしていた店主がローブを引き摺りやってきて、テーブルの端に浅型の箱を置いて言った。
「どうぞ。この中で動かして見てください」
ルーベウスは店主からネジを受け取るとウサギの人形を一つ選んで箱に置き、背中にあるネジ穴にネジをさして時計回りにキリキリ回した。するとウサギはぐっと身を屈めたかと思うとぴょんと跳んで頭を振り、ギルバードは目を丸くしてその緻密な一挙手一投足を見た。耳と尻尾もぴくぴく動き、金属製で毛皮のない体躯であっても一つの生命体のように見える素晴らしい出来映えの品だと思った。
『すごいや。本当に生きてるみたいだ』
「な?機械だけど愛嬌あって可愛いんだ。他に動かしたい動物があればネジ巻いてやるよ」
ギルバードは頷いてテーブルに並ぶ動物を手に取り見繕い始め、ゼクソニアンはウサギの人形を眺めて言った。
「その人形、ミカへの土産にしないか。ルビーが過去に自作品で渡していなければだが」
「お!いいな。ウサギは渡してないんだ。本物を飼ってるヤツにあげられる程上手く作る自信はないね」
ルーベウスは動きを止めたウサギを手の平に乗せる。
「あいつ、来れなくて残念だったな」
この日ミカエルは風邪をひいたメンバーに代わって違法賭博場の取り締まりに参加していた。
「次は一緒に来れるといいよな」
「ああ。弓を見たいと言っていた」
「弓かよ」
剣士なのにと解せなかったが、ギルバードがいれば弓選びも捗るに違いなかった。
ルーベウスはウサギを箱の中に置き、機械人形の前で佇むギルバードに視線を移した。
「ギルー」
何の気なしに声を掛けるが、
「......ん?ギル?なにしてんだ?」
なにか様子がおかしいと気づく。
ゼクソニアンもギルバードを見、異変を察して歩み寄る。
「どうした」
「ギル、どうしたんだよ」
続く声掛けにも反応せず、ギルバードは無言でその場に突っ立っていた。普段好奇心に溢れる瞳は硝子玉と化し、手に乗せた人形―――機械仕掛けの蛇の玩具を生気のない顔で見下ろしていた。
―――ザザッ...ザッ..........カチカチカチカチ................
耳障りなノイズに混じり、懐かしい音を聞いていた。
―――カチカチカチカチ..........
ネジを巻く音。
錆びたネジは巻くのに少しコツが要る。
―――カチカチカチ...カチカチカチカチ..........
手の平の蛇は黙って見つめ返してくる。
柘榴石の眼差しは、忘れ去られた追憶の欠片を浚い光を当てる。
―――ごめん。
微かな懺悔を聞く。
―――ひとりにしてごめん。
産まれ落ちる前の罪。
大切な人を置き去りにして、それでも現世の生を望んだ。
―――約束する。俺が絶対に守る。
震える言葉で誓いを立てた。
―――傷つけたがる奴らの手から、絶対に。
力の限り守ってみせる、と。
―――うん、俺も。愛してる。
「ギル!!」
響く大声と体を揺さぶる振動とにギルバードの思考は雑踏の喧騒へと引き戻された。手の上に乗せていた蛇の玩具が落ちそうになり、慌ててテーブルに戻して横を見る。
『なっ、えっ、どうしたの?』
「どうしたの?じゃないだろ。大丈夫かよ」
見ればルーベウスとゼクソニアンが心配気な面持ちをして立っていた。一体なにを心配しているのかと困惑してぱちぱち瞬きしていると、ルーベウスが戸惑う瞳で顔を覗き込んできた。
「ギル、お前泣いて.....」
『えっ?』
目元に触れると指先が濡れ、自分が涙を零していると知り仰天する。
『砂?どうしよう取れるかな』
「擦るな。目を痛める」
外套の袖でごしごしやる手をゼクソニアンが止め、ルーベウスは目薬を出してギルバードに握らせた。
「今日風強いもんな。でも砂が入ったくらいでフリーズするなよ。びっくりするじゃんか」
『だって蛇の時は目にゴミなんて入らないもの』
目薬をさして瞬きすると、涙はきれいさっぱり洗い流されスッキリとした。目薬を返し、直前までなにをしていたっけと記憶を辿る。
視線をテーブルに映して見渡し、蛇の人形にも目を向けるが特に感慨は浮かばずスルーした。
ふと、箱に入ったウサギの玩具が目に留まった。
『あっ、それミカエルのお土産にするんでしょ?』
目に砂が入る直前に二人が土産の話をしていたことを思い出した。
『俺もミカエルに買いたい』
「よし、じゃ三人で買おう」
ルーベウスは笑って箱のウサギを見遣って言った。
「名前もつけとくか。【ロッソ2号】でどうよ」
「無粋だな」
『安直すぎない?』
「どっちかはフォローしろよな.....」
白昼の往来において突如発露したギルバードの異変は、平穏な日常の一コマとして流れ去った。
そして各々が好きな人形を選んできてネジを巻いている最中にそれは起こった。
ワァッ、と遠くでざわめきが立った。
最初こそ小さな泡沫だったざわめきは沸騰する湯の如く沸き上がり、瞬く間に市場に伝播し広がりを見せる。三人は顔を上げて聞き耳を立て、ギルバードは覚えのあるにおいを感じ取って空を仰ぎ、クンと嗅いだ。
『人の血の臭い』
呟いた瞬間、ルーベウスは両腰に提げる短い双剣を抜く。剣の柄尻同士を繋ぐ鎖が擦れて鈴の鳴るような音を立てる。
『えっルーベウス』
ギルバードの驚く声は意に介さず、ルーベウスは双剣を逆手に握ってゼクソニアンを一瞥した。
「先に行く」
「単騎深追いは無しだ」
「わかってる」
青白い閃光を迸らせ、爆発的な速度を以ってルーベウスは雑踏をジグザグと縫い消えて行った。
ゼクソニアンも駆け出しながら進路を塞ぐ群衆を見る。ここでの抜刀は出来ないと、太刀の柄ではなく左耳のピアスに触れる。
「起きろ!ニーア」
閃光が弾け飛ぶ。
漆黒の豹が現れて大きくのびをし、けたたましい鳴き声を上げて後ろを駆ける。
「ルビーに従え!」
ギルバードはというと瞬時に戦士スイッチが入った二人に動揺しつつ、弓矢の入った革袋を店の主人に押しつけた。
『ごめんちょっと預かってて!!』
店主の狼狽する声は聞かず、二人の後を追って人の波へと跳び込んだ。
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