メガロス騒動(6)

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メガロス騒動(6)

「さァて..........全員そっから動くんじゃねェぞ」 ざわつく群衆を前に、黒いフードを(まと)う大男が血濡れた剣を掲げて(すご)む。 左手には爆発物と見られる球体を持ち、足元でうつ伏せに倒れる老人をつま先で数回蹴ってせせら(わら)った。 「一歩でも動いてみろ。このじいさんと(おんな)じ目に合わせるから覚悟しとけ。オイ!野郎ども急げ!」 男の背後では五人の男がせかせかと露店を漁り貴金属類をポケットに入れ、ナイフで売り子の娘達を脅して売上金を袋詰めさせていた。 「遅いぞ!早く詰めろ!」 「はっ...はいっ............」 物色する音に混じって怒声と怯える声とが響く。 張り詰めた空気の最中(さなか)、 「...........うっ............ううっ.........」 緊迫する空気に耐えられなくなり、一人の子供が座り込んでべそをかき出した。 「坊や、シィッ!」 母親は必死に(なだ)めて落ち着かせようとするが、すすり泣きは子から子へと伝染して遂には(ほとん)どの子供が泣き始めてしまい窃盗団の神経を逆撫でする。 「るっせえ!ガキを黙らせろ!!」 フードの男は苛立って一番近くで泣いていた子供に剣先を向けた。子供は剣を見て驚き一瞬静かになったが、剣に滴る血を見て叫び、両親に(すが)りついて更に大声で泣き出した。 「あああああ!!うるせえなァ!!」 男は老人を跨いで子供の元に行こうとして、しかし足を止めて下を見る。 「............なんだテメェ、生きてたのか」 倒れる老人が手を伸ばし、男の足首をしっかと捉えて足止めしていた。 「しぶてェな」 言うや否や蹴って仰向けにする。ぐっ、と苦悶の声が上がり、見ている者は足を一歩踏み出しかけたが男が握る爆発物に恐れをなして誰一人として動けなかった。 「さっきお前が殺したあの二人、アイツらはなァ、まだ毛も生えてないガキだったんだよ。ジジイが若いモンの未来を奪って恥ずかしくないのか?え??オイ、答えろよ」 視線の先には二つの死体があり、それぞれ頭と胸に矢を受けて倒れていた。男は老人の腹を蹴り、空いた傷口を踏み(にじ)る。老人は再び男の足を捉え、顔を歪めて枯れ声で言った。 「塵払いに感慨はない」 「............ジジイ、立場わかってんのか」 「" 如何にもあれ、不撓不屈なるは凍土の如し " 。亡き戦友の金言よ。お前のような外道には勿体ないが、有難く聴け」 蹴られ踏まれてもなお老人は眼光鋭く男を見上げる。見守る人々は辛苦に身を震わせ拳を握る。 男はフンと鼻で笑い、剣を高々と振り上げた。 「くたばれや」 あわやと思われた、その時だった。 カッと辺りが明るく白くなった。 次いで、 ドン、と中央に稲妻が落ちた。 「きゃああああ!!」 「うわぁあああ!!」 体を揺らす衝撃と駆け抜ける閃光に老若男女は悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。 頭を隠し、親は子を抱えて(しば)しじっとしていたが、 「おまっ......ふざけっ..........」 「こっちのセリフだ。泥棒風情が」 響く声と鎖の音に、皆が顔を上げて息を飲んだ。 子供達も泣き止んで、パチパチと帯電する青年の姿を口を大きくあんぐりと開けて眺めていた。 「お前カシラだな」 見た感じ、と呟く襲撃者は白い髪をした小柄な体躯の青年で、大男を地に倒し胸を踏みつけて立っていた。右手には短剣を、左手には切断された人間の手―――爆発物を握ったままの男の左手首をぶら下げており、男は呆然と自身の左手に目を遣って、スッパリ切られた断面と吹き出す血を見て怒りの雄叫びを上げた。 「っ......あああああああああ!!」 身を起こし斬りかかろうとして、はっと動きを止める。 右手に握る剣は根本から折られ、柄しか残されていなかった。 「感謝しろよ」 利き手は残してやったんだから。 ルーベウスは短剣を逆手に返し、()で男のみぞおちに一撃入れて昏倒させた。切断した左手首は地に置いて、続いて前方でぼけっと立つ五人の男に目を向けた。 あっさり敗北した頭領の姿にメンバー全員固まっていたが、襲撃者が持つ短剣にアルゴンの戦士の証である獅子の紋章が彫られていると気づいた瞬間、一人が動いて近くにいた売り子の娘の腕を掴み、折れた剣の刃が転がる地面に向けて強い力で突き飛ばした。 「きゃあっ!」 「ぉあっぶね!」 間一髪ルーベウスが刃を蹴り娘を抱きとめた隙をついて、窃盗団は各々懐から撹乱弾(かくらんだん)を出して地面に叩きつけた。騒々しく弾ける音と光に紛れ、刃物を振り回して群衆に飛び込み五人は逃走を開始した。 「邪魔だどけ!!」 「おい押すな!」 「うるせえ!殺すぞ!」 「金は置いてけ!さっさと逃げるぞ!」 「でもせっかくっ―――」 シャン、と鎖の音がした。 売上金の詰まった袋を抱えてモタモタと逃走していた男は、尻に鈍い衝撃を受けて動けなくなった。仲間に向かって手を伸ばすもむなしく、前の四人は振り向きもせずに逃げて行った。 「ぅがっ.....」 ごり、と骨に当たる気持ちの悪い異物感を感じて尻を触ると硬いモノがあり、なにかを突き立てられたと知覚した途端に猛烈な痛みと恐怖が襲ってきて持っていた袋をドサリと降ろす。 ルーベウスは鎖を引いて男を倒し、首に鎖を巻いて締め上げた。バタつく体を抑え込みつつ逃げて行く四人を見て歯噛みしていると、  ンギャッ 微かな悲鳴が上がった気がした。 続く声援と喝采に援護者が来たとわかったが、誰なのかまでは見えなかった。 締めていた男の意識が落ちる感覚に鎖を解き、刺した短剣を(ねじ)り抜いて立ち上がると通路に溢れていた人々が左右に割れて道を開けた。 やっと衛兵到着か。 しかし歓声の奥から悠然(ゆうぜん)と現れたのは一頭の黒い獣で、噛み傷だらけの男をずりずりと引き摺って歩いてきた。得意気な顔で観衆を見、しゃなりしゃなりとやってくる姿にルーベウスはぶっと吹き出す。 「どこのスターだよ!」 「アォン」 使い魔ニーアは猫よりやや野太い声で鳴き、ルーベウスの足元に男を運ぶと口を離した。やってやりましたよ、と誇らしげな顔をしてルーベウスの手に鼻を擦りつける。 「いいぞニーア、よくやった!」 盛大に褒めて撫でてやりながら、男達が逃げて行った先を見る。 逃げたのは三人。 でも行く手にはゼクスがいる。 後はあいつに任せて、ここの処理を済ませよう。 最初に倒したカシラの元へと戻り、落ちている左手首を拾い上げた。指を開かせて慎重に爆発物を取り外し、安全装置がきっちり掛かっていることを確認して懐に入れる。要らなくなった手をポイと地に落とすとすかさずニーアがやってきて咥えようとするので口を押さえて止めさせた。 「だめだめ!後で肉買ってやるって」 辺りを見ると先程まで固まっていた人々がワラワラと動き出しており、あるいは窃盗団をがんじがらめに縛り上げ、あるいは怪我人の介抱に奔走していた。 「お父さん布!」 「手分けして怪我人を詰所に運ぼう。木材屋!デカくて分厚い板を持ってきてくれ!」 「ハダリじいさん!しっかりしろよ!俺が見えるか?!えっ?腰?」 「あの二人は死んで当然だよ。ハダリがいなかったら娘らはどんな辱めを受けていたか」 ハダリ? 覚えのある名前にルーベウスはぴくりとして、ふと気がついて負傷者の老人の顔を確認して呻く。 「まじかよ」 「ああ戦士の方!ありがとうございます!!」 大勢がルーベウスを取り囲んで口々に礼を述べ、売り子の娘は涙を流し、年配者に至っては地に膝を着いて手を擦り合わせ拝み始めた。 「お、おう」 感謝をされても、多数の怪我人を前に喜ぶ気分にはなれないもので。 ルーベウスは曖昧な頷きを返して言った。 「誰か衛兵を探してきてくれないか」 事件発生から十五分以上経過しているにも関わらず衛兵が一人も到着していないのは妙だった。彼らはいつも手分けして市場のあちこちを巡回警備しているため、事件があれば数分足らずで誰かしらは駆けつけてくるはずだった。 「今呼びに行ってますよお!」 肩に(ワシ)を留まらせたガラクタ店の店主が金属製の箱を抱えてやって来た。 「見当たらないと思ったら、どうも場外にいるみたいでして」 「場外?なんで」 「場外の数か所でボヤと爆発騒ぎがあったそうです。窃盗団が(おとり)で仕掛けたに違いありませんよ」 「それで、衛兵全員外に.........」 平和ボケか? 現場責任者の指示か中堅部隊隊長の方針か内部連携ミスかは知らないが、たとえ同時多発的に事件が発生したとしても戦士全員が場外に出る運用は直ちに改善すべきだと思った。 ぬるま湯に浸かりすぎだと内心毒づいているとガラクタ店店主は持っていた箱を差し出した。 「こちらかの有名な発明家イヴァン作の " 爆弾保管箱 " です。へへ、私の兄なんですけどね。中に入れるとどんな種類の爆弾も爆発しなくなる優れ物で是非戦士の方に活用いただきたくどわっ!」 「アォ......」 見れば足元にニーアがいて店主とルーベウスの間に体を滑り込ませて座り、店主の服を嗅いでいた。店主はルーベウスに箱を渡すと内ポケットから干し肉を取り出して半分に裂いた。 「はーん、ぶーん、こっ」 歌う調子で言って肩の上の鷲とニーアに与え、ルーベウスは懐に入れていた爆発物を取り出して箱に納め蓋を閉じた。 この人達の方がよっぽど頼りになる。 そう思っていたところで(ようや)く衛兵が駆けつけてきた。 「―――対象は八名、三名が逃走中。捕縛五名の内二名死亡。負傷者は多数で内一名重傷です」 言ってやりたい言葉は封印して押収品の提出と現況の説明をする。予測される逃走ルートを伝えて現場の引き渡しを進めていると、はるか遠方で青い光が幾筋も立ち、空へと昇っていくのが見えた。 神々しい(まばゆ)さに皆シンと静まり返って魅入り、その神力がギルバードのものだと悟ったルーベウスは一抹の不安を胸に覚えた。 「......連れが交戦中です」 怪我はしないでくれよな。 心の中で呟いて報告を続ける。
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