メガロス騒動(7)

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メガロス騒動(7)

時は遡り、ギルバードはゼクソニアンの後を追って人の海を渡っていた。 二人ともどうやって速く走ってるんだろう。 なかなか見えてこない姿に心細い気持ちになって左右を見た。通路の両端にあるテントやテーブルを踏み台にして跳んでいけばきっとあっという間に追いつける。でも人間らしくない振る舞いをして人間でないとバレるのも、店を破壊するリスクを冒すのも気が進まなくて悠長に歩くという選択をとっていた。 早く追いつかなきゃ。 実戦を見られるチャンスなんて滅多にないんだから。 前方を塞ぐ人々に難儀しつつ、漂う血の香とゼクソニアンの匂いを辿って可能な限り足早に歩く。少し行くと前から走ってきた中年女性に外套の袖を掴まれた。 「ここから先は行ってはだめ!」 驚いて立ち止まると女性は()き込んで言った。 「神官様でしょ?!行けば()()()()()()()()()()()。ここで引き返してください!」 なぜ神官に悪意を向けるのか。 疑問に思いはしたものの、この先に彼がいると確信して女性の手を(ほど)いて言った。 『大丈夫だよ。ありがとう』 「!?行ってはだめです!」 止める声を振り切って意を決して走り出した。すれ違い様に肩を何度もぶつけたが、ごめんなさい!と都度謝って走り続けた。間もなく十字路に到達すると急に人がいなくなって視界が開けた。同時に見慣れた長身を見つけてほっとして、ゼクソニアン、と呼び掛けようとして。 しかし抜刀した彼と、彼が対峙する二人の男を見て口を(つぐ)んだ。 「......異人(いじん)か」 「だな。子供より使えそうだ」 二人はそれぞれ女児と男児を腕に捕らえ、首刈り鎌を首に掛けてゼクソニアンを牽制していた。女児を人質にした男は顎をしゃくってギルバードを示して言った。 「おい、そいつも戦士か」 ゼクソニアンは軽く振り返ってギルバードを見る。その足元には男が一人、腹を血に染めてウーンと(うな)り転がっていた。ギルバードは近くに寄ろうと数歩進んだが、ゼクソニアンの物言いたげな瞳に気づいて立ち止まった。 「............戦士ではない」 数瞬の葛藤を経て、ゼクソニアンは低く答えた。 「民間人につき手出し無用だ」 「へーそうか!おい、異人!お前()()()()()()か」 男児を捕らえた男はギルバードを見据えて尋ねる。 『......えーと』 問われる理由がわからず口ごもっていると男は(いら)ついて怒声を浴びせた。 「さっさと答えろ!ガキを殺すぞ!!」 「ティターニア人だろう」 そう言ったのはゼクソニアンで、ギルバードはうんうんと頷いた。 「身分は?庶民じゃないな」 『身分は―――』 それはもう頻繁に間違われるアレでいいやと口を開く。 『神官ですが、それがなにか』 普段通りに話して信じてもらえるか自信がなく、脳内にオルフェウスを召喚して口調を真似た。回答を聞いた男達は顔を見合わせて品のない笑みを浮かべた。 「そりゃあいい!来い!お前が代わりに来ればこのガキは逃がしてやるよ」 男児を捕らえた男が叫び、ギルバードはここでやっと自身が置かれた状況を理解した。 先程女性が言った " 悪意 " とは恐らくこのことを指していて、刀除(かたなよ)けや身代金要求に()()()()()()()はうってつけなんだと思った。 戦士ならともかく神官、それも他国の人間が捕らえられたとなれば人命優先の措置を取らざるを得ないから。 そしてゼクソニアンにとっても自分が人質になる方が都合がいいらしいと推察をした。戦士とは言わず()()()()()()()()()()(ほの)めかしたのは身代わりにするためとしか思えなかった。 苦悩の表情をするゼクソニアンから目を逸らし、ギルバードは男をまっすぐ捉えて言った。 『わかりました。女の子の方も解放願えませんか。私一人で足りるでしょう』 男達はひそひそと会話をする。内容は聞こえなかったが、子供の顔にはありありとした恐怖が浮かぶ。 少し経ち、女児を捕らえる男が大声を張り上げた。 「このガキは()()だ!解放はしない。早く来い!」 予備?俺をうっかり殺してしまった時用の? そんな嬉しくない予測を立て、軽いため息をついて歩み寄ると腕を引っ張られて乱暴に拘束された。解放された男児は目に涙を溜めてギルバードと女児とを見た。 「し、しんかんさま......」 『行きなさい』 オルフェウスっぽい笑みを作って背を優しく押してやると男児は涙を拭って母親の元に駆けて行った。 男二人は人質を盾に声を潜めて会話する。 「衛兵を待つか?」 「そうだな。こいつのツラを見せておいた方がいい。おい神官、膝をつけ」 地に膝をつくと首に首刈り鎌が掛けられた。 「お前もツイてねえな。恨むなら神を恨めよ」 「そうだ、全部神が悪い」 神様なにもしてなくない? つい言い返したくなったがぐっと(こら)えて顔を背けた。その仕草は刃物に怯える様に映り、男はギルバードの白い容貌を見て嘲笑(あざわら)い首スレスレに刃を寄せた。 「男のくせに女みてえな面してやがる。体も細っこい」 「ラウが生きてりゃなあ、くれてやったのに。あいつもざまあねえよな」 肉質を確かめるように二の腕を触られて気が気でないが我慢する。ゼクソニアンを見ると彼はまだ動いておらず、ただ目だけは異様に爛々(らんらん)として制圧対象を見つめていた。 きっと状況が変わる瞬間を待っているに違いない。 人質の立場を活かして彼が斬り込める隙を作らないと。 そう思って蛇の叡智を(ひね)っていると、 「お前、今まで俺らのようなモンとは無縁だったろ?」 ゴンと背を蹴られ、思わずうっと息を吐いた。男はギルバードの顔を引き寄せ、見下す目をして恨み言を言い続ける。 「生活のために汗水垂らさなきゃならない俺達と違って、善人ヅラして綺麗事を抜かせば安全でいい暮らしが出来るんだから幸せだよな」 『............。』 どうしよう。 後ろ手に矢を刺してみようかな。 「ヘドが出るぜ。なにが神は平等だよ。笑わせやがる」 『............。』 でもこの子がいるからなあ。 自分一人だったら楽なんだけど。 「ハッ、怖くてなにも言えないか。情けねえな」 『............えっ?』 考え事にどっぷり浸かって話を聞いていなかった。 『申し訳ない、考え事を―――うっ』 喉元に刃を押し当てられ、(むせ)て身を引こうとすると髪を掴んで体を固定させられた。 『けほっ......はっ......ちょっ......くるしっ...........』 砥がれていない鎌は鋭利な刃物ではなく鉄板として気道を塞ぐ。上がる咳と喘ぎに男は馬鹿笑いをして鎌を緩め、その光景を前にゼクソニアンの手に光が爆ぜる。 ギルバードはケホケホとやりながら再び打開案を模索する。 「お前、この鎌はどう使うか知ってるか?」 『......いいえ』 「首刈り鎌っつってな、こうやって首をもぐんだよ」 刃を上に引く仕草をしてみせる。 「首なし死体にはなりたくないよな?だったら大人しくしてろ」 『はあ、そうですね。首なしは困りま...................あっ!』 緊張感のない声を上げてしまい男達は眉を(ひそ)めるが、ギルバードは気に留めなかった。 かつて主人に掛けられた言葉を脳裡に思い出していた。 ―――ねえギル。あなたの首って、どこ? 首にかかる鎌を見る。 『あー、なんで気づかなかったんだろ』 ごめん、ゼクソニアン。 窃盗団を出し抜けるものすごく簡単な方法があった。 「......おい、なにぶつぶつ言ってんだ」 問いには答えず、(うつむ)いて赤い双眸を静かに閉ざした。 握り込まれた銀の髪が、ゆら、と揺れて輝きを放つ。 直後、男の腕に光が溢れた。 「うあっ!!」 光は幾筋にも広がって視野を奪い、男は叫んで空いている手で目を覆った。腕を伝う神力の奔流に動転して咄嗟(とっさ)に首刈り鎌を引き、すかっと空振る手応えに混乱して後退(あとずさ)った。 いない。 麻痺した目で足元を見れば神官が着ていた外套だけが抜け殻の如く置いてあり、本体の方は忽然と姿を消していた。 「ぐわっ!!」 真横で悲鳴が上がり驚いて目を向けると、仲間が地に倒れてピクピクしていた。その背には煌めく矢が突き刺さり、後方には消えたはずの神官がいて輝く大弓を手にこちらを見ていた。いつの間に、と言う前に耳元で風をきる音を聞き正面に目を戻すと眼前には女児を抱えた(いか)れる戦士が立っており、男は戦慄して数歩下がった。 「走れ」 ゼクソニアンは女児を降ろして短く告げると、太刀で男の太腿を横に素早く切り裂いた。それはごく浅い傷でしかなかったが、斬り直さずに太刀は後ろに投げ捨てた。反撃の間は与えず男の胸倉を掴み、渾身の力を(もっ)て顔面を殴りとばした。 「()っ!!」 男は思い切り転倒して血の混じった唾を吐く。仲間は死んだのか気絶したのか泡を吹いて倒れており、後ろを見れば神官が神力の矢を向けている。 ティターニアの神官が神力を使えるものか。 あの野郎、嘘をつきやがったな。 この瞬間、殴りつけてきた戦士よりも自身を騙した神官に対する怒りの方が強くこみ上げてきて激昂して叫んだ。 「大嘘つきがっ!!」 血泡を飛ばして首刈り鎌を振り上げる。投げつけんと大きく腕を振りかぶったが、 「()だだだだだだ!」 激昂は(たちま)ち悲鳴に変わった。 ゼクソニアンは男の手首を捕捉し容赦無く後ろに(ねじ)り上げていた。得物を落とさせ間髪入れずに男の額を掴み、力づくで大地へとねじ伏せる。背と後頭部が激しく叩きつけられ、男は潰れた声を上げた。 「お前、いい加減にしろよ」 低く静かな声。瞳には強い怒りを宿し、男の額を締めつける手には光が(とも)る。男は体が温かくなる感覚に、目眩と動悸とズキズキとした頭の痛みを覚えて―――。 ミチッ、と。 太腿につけられた太刀傷(たちきず)が突如として盛り上がった。 ごぼ、と泡立つ鮮血が溢れ出し、決壊した河川さながらの勢いで流れ始める。
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