メガロス騒動(9)

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メガロス騒動(9)

アンナが戦士と見られる青年に熱く抱擁されている場面を目にした時、ライラは衝撃を受けつつも歓喜していた。 専属メイドになって以来、アンナは常にライラを気に掛け全力で尽くしてくれていた。 悪夢に怯えて眠れぬ夜は、楽しい夢を見られるようにと面白い童話を朗読し子守唄を歌って聴かせた。それでも嫌な夢を見て落ち込む朝は、気分が晴れるようにと屋敷の庭園で育てた花とハーブでお手製ハーブティー―――のちのアンナブレンドを淹れて、使い魔ピノの(さえず)りと共に明るい一時(ひととき)を作ってくれた。 引きこもり令嬢への奉仕に嫌な顔ひとつせず、世界一のお姫様だと言って片時も側を離れなかった優しい女性。 彼女には絶対に幸せになってほしいと思っていたし、いつの日か結婚してメイドを辞めると言ったとしても駄々はこねず祝福して受け入れる覚悟でいた。 そしてあの日。 青年と別れて離宮に戻ってきたアンナは取り立てて幸せそうにも浮かれている様子にも見えなかった。 それどころか思い詰めた顔をしてアンナブレンドを淹れていた。   明るい彼女が初めて見せる暗鬱とした表情にライラは歓喜から一転動揺してしまい、青年の正体について尋ねる機会を逸してしまった。数日経ってさりげなく、親しい異性はいないのかと聞いてはみたが「そんな人いません」と笑顔の即答を返されてそれきりその話題は続かなかった。 ギルバードは左右にゆらゆらと頭を揺らす。 『うーん......ブラッドリー侯爵家のメイドに遊びでちょっかいかけるかなあ。それにアンナ27歳でしょ?言っちゃなんだけどもっと若いメイドはたくさんむむっ』 頬を指で挟まれむにむにとやられて口を噤む。 「アンナは年齢より若く見えるわ。化粧をあまりしないから目立たないけれど見た目も綺麗よ」 ライラの眉間に地割れの如きしわがより、かつてなく恐ろしい形相に見えてギルバードはとぐろを締めて縮こまる。 『む......中堅戦士が真面目にアプローチしてるのかも』 「そうであってほしいわ。もし早年でも遊びでないならいいのよ、私は」 『もし遊びだったら?』 「一矢お見舞いするわ」 『.....どこに?』 「急所」 『し、死んじゃうよ?!』 「戦士は鍛え方が違うんでしょ?一発くらいで死にはしないわよ」 冗談には聞こえなかった。 赤紫色の瞳が妖しく輝き、ギルバードはかたかたぷるぷると身を震わせる。 『やるにしてもアンナの意向もあるじゃない?そこは考慮するんだよね......?』 「もちろんよ。話も聞かずに射つものですか」 『よかった』 「聞いた上でわからせてやる」 『..................相手どんな見た目だっけ』 「背が高くて髪は一つに結っていたわ」 『武器の種類はちょっともわからないの?』 「後ろに背負っていて見えなかったの。柄があったから弓ではなさそうよ」 『年齢は20代とか30代?』 「ええ、恐らく。アンナより歳上に思えたけれど確証はないわ」 『わかった。見つけたら教えるよ』 この情報だけでは到底無理だと思ったが、運良く見つけた際にはまず一対一で話をしてみて、射たれそうな事案であれば悪いことは言わないから手を引けと忠告してやろうと胸に誓った。 「頼んだわね」 ライラは大きく伸びをして背筋を張り、はあ、と気を取り直す吐息をついた。 「話は変わるけれど、ナインハルト様の誕生日の贈り物で作りたいものがあるって言っていたわよね。どんなアイテムなの?」 ギルバードはアッと鎌首を上げて変化(へんげ)をし、ベッドを降りた。ソファーの上に置いていた本を一冊手に取るとベッドに戻ってライラの隣にボスンと座る。 『これ、前にライラが借りてきてくれた本なんだけど覚えてる?』 指し示されたタイトルをライラは首を傾げて見る。 【戦士の最旬アイテム~ワンランク上を目指す人必見!精鋭戦士が明かす強さの秘訣~】 「脱皮期間に借りた本ね。覚えているわ」 『そうそう。この本のさ..........これ。どうかなと思って』 開かれたページには組み紐のブレスレットが描かれており、ライラは目を細めて説明文を読み始めた。 *********************** 集え精鋭戦士達よ!今こそが先取りのチャンス! ! 待望の情報が遂に解禁!! 【捧物(オブラータム)】 作成難易度:★★★★★★★★★★   レア度:★★★★★★★★★★  使用回数:1回〜 (神力残量により変動) 戦士スキルの神力が高濃度で籠められており、所有者の緊急時にオート発動して危機回避する仕組みになっています。メガロス市場において高額取り引き対象品に指定されましたが、流通量が極めて少なく入手には財力以上に運が必要となる激レアアイテムです。 《著者コメント》 作成難易度、レア度ともに文句なしの星MAX! 強くてリッチでラッキーな戦士の証、それがオブラータムだ!え?作ってみたいって?命知らずの荒くれ者め!是非次ページをチェックしてくれよな! 《注意》 神力を大幅消耗します。作成は万全の体調且つ近くに人がいる場所で行って下さい。またいずれの工程も自己責任で実施下さい。アイテムの作成について本書は如何なる責任も負いません。 *********************** 『ねっ!ライラ、どう?』 「ええと............面白いわね」 ツッコみたい点は多くあったが、ギルバードの輝く目を見て言葉に詰まる。 「どうしてこのアイテムにしようと思ったの?」 『ナインにぴったりだなって。" 強くてリッチ " ってまさにナインじゃない』 「............隊長で公爵家だものね。でも初心者が作るには難しすぎるアイテムに見えるわ」 『俺が神力を使えばライラは消耗しなくて済むでしょ?それに他の人間が作れてるなら俺とライラで作れないはずないよ』 だって俺達強いもん、とあっけらかんと言うギルバードにライラは目を(またた)いて言葉を探す。 「ギルが強いのは知っているわ。でも、私達アイテム作成は初めてじゃない?なにも最初から難しいものに挑戦しなくたって」 『大丈夫!』 ギルバードはページを(めく)り、作成方法を開いて示した。 『他のアイテムより難しい理由は籠める神力の量と回数が多いからなんだ。難しい工程は意外となくて、()()()()()()()()に神力を10回連続閉じ込めることができれば8割型完成で』 「えっ髪?ちょっと待って」 本を奪って作成方法を見るとそこには作成者の体の一部を採取して神力を閉じ込める図が描かれており、ライラは唖然としてギルバードを見た。 「ギル!誕生日に髪とか爪を贈るのは、かなり重いと思うわ」 重いどころの騒ぎではない。 怖い。 しかしギルバードの熱意は冷めなかった。ライラの腕を揺さぶり熱い眼差しで言い募った。 『重いもんか。神力定着に体の一部が必要なだけで、完成形はアクセサリーだよ。ネックレスとかブレスレットとか。それに他のオブラータムと違って材料の出処(でどころ)がわかっているぶんこれ以上ないくらい安心設計だよ』 「......そんなに作りたいの?」 『作りたい!挑戦するだけしてみようよ』 ギルバードがここまで意気込むのは珍しい。やる気に満ちる赤い瞳にライラはその心中を推し量った。 ナインハルト様はギルを戦士の輪の中に引き入れてくださった。ギルはそれが嬉しくて、最大限の御礼をしたいと考えているのかもしれない。 憶測でしかなかったが、一度そう思ってしまうと無下に断る気にはなれなかった。 「いいわ。やるだけやってみましょう」 何度かやって作れなかったり、ギルが過度に消耗したりするのであれば別のアイテムを提案しよう。 そう腹づもりをして頷くと、ギルバードはぱっと笑ってライラの腕にひしと抱きついた。 『やったあ!いつにする?』 「休みの前日でどうかしら」 『わかった!』 ライラは抱きつかれたままオブラータムの説明にもう一度目を通した。 「高額と言うといくらになるのかしらね」 『メガロスで聞いてきたよ』 ギルバードはベッド横に手を伸ばし、立て掛けていた弓を取った。 『この弓が500(はり)買える金額って言ってた。作り手が戦士スキルの神力持ちじゃないとアイテムとして機能しないし、量産もできないからまだ全然流通してないんだって』 「ご、ひゃく......」 やはり初心者が手を出す代物ではない。心の芯から悟るのと同時に、(よこしま)な感情がにょきにょきと頭を覗かせてくる。 もし、ギルが疲弊しないで何個か上手く作れたとして、それを販売したならば。 女だてらに巨万の富を得られるのではないかしら。 暫し脳内で皮算用をしていると、ふわあ、とギルバードが大あくびをした。本と弓を片づけてベッドに上がり、蛇に戻って枕の横でとぐろを巻いた。 「さすがのあなたも疲れたかしらね」 『んーん、全然』 そう答えながらも眠たげな声でむにゃむにゃと。 『ボク、知らなかったんだ。いつもおちゃらけてるルーベウスが()()()()だったなんて。早年戦士の中でも一番危ない役割なんだって今日初めて知った。ゼクソニアンは普段誰よりも冷静だけど実はすごく心配性で情に脆くて優しいんだ。二人とも、また一緒に出掛けようって誘ってくれた。今度はミカエルも行けたらいいなあ......』 ライラは部屋の灯りを消してベッドに体を滑り込ませた。ギルバードにそっと触れると手にすっぽり納まる小さな体躯がもぞもぞ動く感触がした。 ギルに友達が出来た。 微笑んで細い背を撫でる。 「出掛ける時は言って頂戴。お小遣いを渡すわ」 『うん、ありがと......。ライラ、明日はアランと出掛けるんだっけ』 「ええ」 『けんかはなしだからね。意地も張っちゃだめだよ』 「......もう」 夢現(ゆめうつつ)でも諭すなんて。 「そうね。わかっているわ」 『約束だよ』 ギルバードはそれきりなにも言わず、ライラは静かに手を離した。 暗闇の中薄っすら見えるとぐろにまた一つ微笑んで、毛布を引き上げて眠りについた。
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