初デートはハードモードで(1)

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初デートはハードモードで(1)

「これらは在庫のごく一部です」 チリチリと鳴るベルの()を合図に店員らがカーテンを引くと、ドレスを掛けた巨大ラックとアクセサリーを乗せた横長ワゴンとがその姿を現した。 「ごく、一部......?」 ライラは膨大な量のドレスを前に茫然自失となって立ち尽くしていたが、笑顔で近づいてくる女店長を見て後退(あとずさ)った。 「当店にはまだ多数の品がございます!お気に召すお色味やデザインがありましたら何なりとお申しつけくださいませ」 「え、ええ」 「どのドレスがいい?」 アランはラックの前にライラを立たせる。ライラは目の前にあるドレスに手を伸ばし、恐る恐る引き出した。 この日は初の二人きりでの外出日。 王都北部にある王族御用達の服飾店へと来訪していた。 「あの......私が選ぶんですか?てっきりアラン様が選ばれるのかと」 「まずは君の好きなデザインや色を知りたい。気に入るドレスを選んでくれ」 「......はあ」 選ぶにしたって多すぎる。 何百、否、何千着とあるように見えて気が遠くなり、引き出していたドレスを戻した。 「品数が多すぎて悩みま......っ?!」 アランが桃色のドレスをあてがってくるので、驚いて上体を反らして距離を取った。 「悪くないな」 「え、ええ。素敵な色ですね。こういった色がお好みですか?」 「君に似合うと思う。見慣れないが」 「.............................そっちこそ」 「ん?」 「いいえ、なんでもありません」 今日に限って、なぜ服装が違うんですか? 今日のアランはいつもの黒ずくめの服ではなく、金の刺繍で飾られた濃い青の上下にコートと(いささ)か見慣れぬ格好をしていた。 たとえ出で立ちが違っていても自分を呼ぶ声や品の良い所作、腰に提げた三本の剣といったものは何一つとして変わらない。しかし店に着いて早々店員に取り囲まれ豪華なVIPルームへと連れて行かれて、合図と共に予想を遥かに超えるドレスを眼前に提示されたかと思えばアランがいつも通りの近い距離感で接してくるという怒涛の展開に流石に気持ちが追いつかなくて、すっかり気が滅入ってしまっていた。 一刻も早く慣れなければ。 そう念じてドレスに集中しようとするも、目は生地の上を滑るばかりで脳になんの情報も(もたら)さなかった。 そんな明らかに動揺しているライラをアランは見かけ上は平然として、内心は戸惑って眺めていた。 喜ぶと思っていたのに、予想していた反応じゃない。 馬車で店に来る道中、ライラはかちかちに緊張してアランに一瞥(いちべつ)もくれなかった。 慣れない外出ともなれば身構えるのは当然だ、でも店に着いてドレスを見ればきっと心は(ほぐ)れるだろう。 そう考えてさして気にも留めずに接していたが、店に着こうがドレスを見ようがライラはなにも変わらなかった。緊張しなくていいといつも通りに話してみてもなぜか距離を取られる始末。 「.........あちらで待っている。選んだら試着してみてほしい」 贈り物の参考にするために、選ぶ過程も(つぶさ)に観察したかったが致し方なし。(しば)しその場を離れて試着室前のスペースで待つことにした。 アランの視線から解放され、ライラはようやくちょっとほっとしてラックへと向き直った。体型がしっかりと出るタイプのドレスを探して色とデザインを吟味する。 私に選ばせてなんの意味があるかしら。 この前のドレスだってアラン様は気に入らなかったのに。 花の飾りがついたドレスを一着引き出して眺める。フェミニンでありつつ大人のデザイン。 「これを着るわ」 近くにいた店員に渡し、アランの視線を避けるようにそそくさ歩いて試着室に入りカーテンを閉めた。少しして着替えを終えて出て行くと、アランは笑って手を取ってきた。 「綺麗だ。似合っている」 夜会では着させられないが。 それは花の飾りがあしらわれた青いドレスで、白い小花が裾から胸元にかけて散らされており上品かつ可憐な装いとして目に映った。一方で、大きく開いた胸元や締めて細すぎる腰回りは華奢であり煽情的で、他の男の目に触れさせるのは嫌だと思った。 店員がドレスの裾を伸ばし、軽く持ち上げて言った。 「小柄な方でこのタイプのドレスを着こなせる女性はなかなかいらっしゃいません。少し裾を短くして仕立てるのも可愛らしくてよろしいのではないかと思います。ヒールも下げられますし、より歩きやすくなりますよ」 「丈はこれくらいでいいわ。背はなるべく高く見せたいの」 それを聞いてアランはなんの気なしに、 「ライラ、身長いくつだ」 「.........教えられません」 体重を聞いたわけでもなし、しかしライラはギクッとしてつっけんどんに返してきた。なぜ隠すのかと不思議に思いはしたが、追及する程の話題ではないため別にいいかと思って見ていると、ライラは悩む顔をしたのちにアランの腕に掴まり立ちをして靴を脱いだ。床に素足で立ち、その姿を見てアランはつい素でぽろっと、 「え、ちっさ......」 小さい。 可愛い。 途端ライラの頬がプクーッと膨らみ、アランはマズい事を言ったと知って弁解した。 「ごめん!もっと高く見えていてつい」 「......あと10センチ高ければよかったのに」 「ヒールを履いていたのか。知らなかった」 脱いだ靴を見ると10センチとはいかないがかなりヒールが高かった。今までドレスに隠れて見えず、歩き方にも違和感がなく、脱いで立つ機会もなくて気づかなかった。 ライラはアランの腕に掴まったままぼそぼそと、 「学園を卒業してから背が伸びなくなって、大人っぽいドレスを着るには身長があった方が見映えがいいのに普通の靴だと子供みたいで格好がつかなくて」 背が伸びなかった原因が屋敷に引き籠もって太陽を浴びず運動もほぼしていなかった所為(せい)だとすれば自業自得なわけで、今更嘆いたとてどうしようもないことだった。 そう頭ではわかっていたが納得しきれてはいなかった。 「ギルと背比べしたら30センチ以上も違って、運びやすくていいじゃないって言われたけれど全然フォローになっていないし」 「男を比較対象にするのは違うだろう。せめて.........」 女友達と比べるべきだと言おうとしたが、ライラに友達が何人いるのか―――そもそもいるのかわからず()めて、頼り無げに立つ小さな体躯を見て嘆息した。 予想外の背の小ささも、それをコンプレックスに思っていることも、高いヒールで背伸びしている努力もこれまで知らなかった。 知らないことが多すぎて、知りたくてたまらなくなる。 「まあ、でも、君はやはりそういうドレスが好きなんだな」 下手にフォローを入れるより話題を変えよう。 そう思って話をドレスに戻すとライラは靴を履き直しながら一言。 「いいえ」 アランは当惑の目になり、ライラは店員と共に試着室へと戻って行った。 「アラン様、そちらにいらっしゃいますか」 衣擦れの音の合間に声が聞こえる。 「ああ」 「先日の水色のドレスの件なのですが」 「......ああ」 品性に欠けるから着るななどと言ってしまって揉めた件。思い返して反省しつつ、アランは耳を傾ける。 「あのドレス、色もデザインも別に気に入りでもなんでもありません。お父様には申し訳ないですけれど、今後着られなくても私としては困らない品でした」 「..........どうしても着たいのかと思っていた」 じゃああの言い合いは一体なんだったのか。 意地を張ったというだけだろうか。 「君はどんなデザインが好きなんだ」 「好きなデザインはありません。場に応じて自分に必要だと思ったものを着ています」 「好きな色は」 「ありません。似合えばなんでも構いません」 「ドレスを抜きにして好きな色は?」 「ありません」 ライラは小さなため息をつく。 ないないばっかり言って、味気ないわよね。 つまらない人間だと思われたくはなかったが、ここで偽ると後々しんどくなると思った。 「よく紫色の服を着ているよな」 「瞳の色に寄せて無難に選んでいるだけです」 「服飾店にはどれくらいの頻度で来る」 「このようなお店には初めて来ました。路地裏で祭典用の衣装を買った経験ならありますが」 「............普段のドレスはどのようにして買っている」 「父が執事に命じて買いつけさせています」 「執事が選ぶのか?君のドレスを?」 ブラッドリー侯爵家の執事は老齢の男ではなかったか。この時カーテンが開いて着替えを済ませたライラが出てきた。 「いいえ、彼は選んでいません。評判のいいお店のドレスを一括購入して屋敷に送らせているそうです。そうして届いた品の中で似合うものをアンナに選んでもらって着ています。今日も彼女にお願いしました」 ずいと詰め寄りボタンをきっちり留めた胸を張ってみせる。 「ご希望に沿って肌を見せない装いです。これなら文句ありませんよね?」 ツンとした口調で言い、またラックまで戻ってドレス選びを再開した。緊張はいつの間にかすっかり解けていて、アランもライラがいつもの調子を取り戻したと気づき隣に立った。 「一括購入って、店のドレスは一切見ずに全部購入してるってことだよな」 「ええ。サイズや色はある程度指定して、季節ごとに」 「......すごいな」 かつては千人斬りの英雄として名を馳せた孤高の男が、一人娘に店一軒ぶんのドレスを毎シーズン贈っている。英雄伝には決して載らない人間味のある情報にじわじわと興奮が押し寄せてきて、勘づかせまいと咳払いをした。 「つまり、君はドレスは基本人任せで興味がないと」 「そういうわけではなく......興味を持つ機会がなかったのです。屋敷にいれば定期的に届きますし、社交もろくにしていない人間ですから」 服飾店に居ながら興味がないとは言いにくかった。とは言え興味が乏しいのは事実であって、これ以上選ぶ気も試着する気も起きなかった。なんとなく花飾りのついたドレスを数着引き出してはみたものの結局取らずに元に戻した。 「私の選択はもういいでしょう。アラン様が選んでくださいませんか。色もデザインもお任せします」 「俺が選ぶと君の学園仕込みの手技は使えなくなるが」 「........はい?」 それが気に入らなくてここまで連れてきたんでしょう? 嫌と言ったとしてなにが変わるの? そう反発してやろうとして、しかし前日夜にギルバードが言った喧嘩はするなという釘刺しを思い出してぐっと堪えた。 「その手技もドレスも、お気に召さないのでしょ?嫌と仰るならいいです。もうやりません」 実は他の技もあるけれど、それは内緒。 「......わかった」 アランの方はライラが素直に引いたことで(にわか)に申し訳ない気持ちを覚えていた。 積み重ねてきた経験が無に帰す苦悩は良く知っている。にも関わらず自分が嫌だからという身勝手な理由でライラの学びを否定した。 どんな思いで学園で研鑽を積んできたのか、自分は知りもしないというのに。 自らの器の小ささに直面して自己嫌悪に陥りつつ、でも無闇に素肌を晒してほしくないという気持ちに変わりはなくて。 部屋の端に立つ店長を呼んだ。
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