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蛇と王子の推理大会
アランが言われた通りにすると、ギルバードはテーブルの上でとぐろを正し胸を張った。
『推理してみようよ。ふたりで』
「あ、ああ」
アランは頷く。そういえばギルバードは探偵稼業だったなと今になって思い出す。
紙とインク壺を前にギルバードは話し始めた。
『キメラが絡んでるところを見るに今日の襲撃を仕掛けたのは十中八九、謎カルトの《シュレーター》だ。彼らがやってる儀式でわかっているのはこの二つ』
インク壺に尻尾を浸して紙に書き込む。
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儀式1. ブラニス作成
儀式2. 死者の復活(ブラニス使用)
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『......どっちにも生贄用の人や動物が必要だけど、建国記念の祭典の日にライラが持ちかけられたのは【儀式2】の方だ』
「ブラニスを飲めって言われたんだったな」
『うん。でもオルフェウス曰く飲んだ生贄はキメラになるか死ぬ』
アランは三者協議でのオルフェウスの発言をおぼろげに思い出す。
"もしキメラにならなかったとしても、許容を超える力のため死に至っていた可能性が高いと思います"
ギルバードは再び尻尾をインクに浸して紙に書き足す。
『もし仮にライラがあの時ブラニスを飲んでいたら』
====================
儀式1. ブラニス作成
儀式2. 死者の復活(ブラニス使用)
↓
↓ ブラニスごっくん
↓
パターンA. キメライラ
パターンB. 死体ライラ
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『パターンAかパターンBのどちらかになっていた、と』
「......まあ、そうだな」
あえてライラを例にするのは気になるが、ここは突っ込まないでおく。
ギルバードは書いた文字を尻尾でトントンと叩く。
『例えばの話、【パターンA. キメライラ】になったとする。アランがシュレーターならキメライラをどうしたい?』
「飼う」
『............?』
「......冗談だ。森に逃がしたり民や王宮を襲わせるのに使う」
『だよね。じゃ、【パターンB. 死体ライラ】になったら?どうする?』
「悩むな。普通の死体なら燃やしたり埋めたりして隠滅すると思うが、ブラニスの肉体強化と神力強化の作用が残っていた場合そういった方法で処理できるのかどうか......」
ここでふとアランは思う。
飲んで死んだ場合、ブラニスの力はどうなるのだろう。
ギルバードは頭を傾げて問う。
『キメラの体内からブラニスが出たことってあるの?』
「いや、ないな。なんならオルフェウスのブラニス探知にもキメラはかからない」
シュ、とギルバードは噴気音を出す。
『ということはブラニスは飲むと吸収されて形が消えてしまうんだ。薬みたいに』
また紙にさらさらと書き込みながら、
『キメラのパワーとガタイのよさを考えると、ブラニスはキメラの体には肉体強化の恩恵を与えるんだと思う。じゃあもし死体の方にも恩恵があったとして、その死体を使って死者の復活の儀式を行ったとしたら......』
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儀式1. ブラニス作成
儀式2. 死者の復活(ブラニス使用)
↓
↓ ブラニスごっくん
↓
パターンA. キメライラ
=>肉体強化
パターンB. 死体ライラ
=>肉体強化&神力強化
↓
↓パターンBに魂をIN
↓
?????
====================
『なかなか怖くない?』
「たしかに」
軽いノリの会話だがふたりの顔は真面目だった。
「パターンBは強力な器ってことか。もしライラ本人の魂ではなく殺人犯や極悪人の魂を降ろすことができるなら、見た目はライラでも中身は数十人分の神力を持つ悪党がこの世に生み出される」
『降ろした魂が貴族なら、シュレーターが言ってた"貴族に生まれ変われる"っていう発言とも一応整合性はとれるよ。あと気になるのは、今回オルフェウスがブラニスの気配を二箇所で探知してることかな。最初は王宮、その次に花時計広場。移動区間の気配がないんだ』
「............普通に生活するぶんにはオルフェウスの探知にかからないのかもな。戦闘中だけブラニスの気配が出るのかもしれない」
ギルバードはうんうんと頭を動かし尻尾のインクを紙になすりつけて取りながら、
『シュレーターがほしいのは【パターンB. 死体ライラ】。でも失敗して【パターンA. キメライラ】になっても王都を襲わせる道具にできるから大きな損はない』
「厄介だな。失敗したぶんブラニスが消費されるとなると被害者も増え続ける」
卓上の紙を眺めて険しい表情で話すアランを見つつ、ギルバードはややためらう声で言った。
『.........これまで全部失敗してるんじゃない?人間や動物にブラニスを飲ませたら軒並みキメラになっちゃって、魂を降ろす段階まで進めなかった。それで気分転換か悪あがきかで機械人形にブラニスを埋めてやってみたらなんかうまくいったぞ、みたいな感じに思える』
「......そうだな。シュレーターの目指す《死者の復活》が生身に限定しないものであるなら、今回の機械人間は成功例になるんだろう」
うーん、とギルバードは悩ましげに唸る。
『推理しといてあれだけど、ボクにはまだ信じられないんだ。ライラは機械人形と会話したらしいけど、死者の復活なんて本当にできるのかな』
「神殿に封印されている禁書を読み解けばわかるのかもしれない。ブラニスの作り方もそこに載っている。できたとして禁忌中の禁忌だが」
禁書と聞き、ギルバードは僅かに鎌首を上げる。
『その本って誰が封印してるの』
「大神官四人だ」
『アランは読んだ?』
「適当に眺めたことしかない。毎年秋に開催される《明月祭》の日に封印を解いて王家と神殿とで確認する習わしになってる」
アランは禁書の内容を思い出そうとして、しかしまったく思い出せずに頭をかいた。
「真面目に読んでないから正直内容は覚えてない。ただ日記か自由帳にしか見えないというか、儀式手順もはっきり書いてあるわけではなくて詩や独り言じみた妙な書き方がされている。禁書と言ってはいるが奇書と言ってもいい」
『......そう』
ギルバードはとぐろを直しながら、口には出さずに考える。
王家として年に一度確認はするが、禁書は神殿の手中にあると言って差し支えない状態のようだ。
もし禁書内に死者の復活に関するヒントがあったとして、その内容が外部に漏れてシュレーターによる儀式が行われているとするならば。
神殿関係者が裏で糸を引いているとしか考えられない。
整えたとぐろの上に頭をちょこんと乗せて呟く。
『ま、もろもろ考えると今シュレーターがやってるのは単なる死者の復活じゃないよ。最強最悪な兵器の開発』
「それで国が滅ぶと言ったのか」
ギルバードは無言で頷く。
アランも息をついて黙り込み、部屋は暫くの間静かになる。
『...........ねえ、アラン』
「ん」
『結局のところ、ライラは王族や神官の血をひいてるの?』
それは脈絡なく軽い口調での問いだった。しかしアランには答えることができなかった。ライラの出自については王家と神殿とブラッドリー侯爵のみで秘匿するという話になっていたから。
答えられないアランをギルバードはじっと見て、がっかりした様子で頭を逸らす。
『そ、わかった』
「ごめん。王家の中ではしがらみの少ない身だと思ってたんだが」
『いいよ別に』
この直後ギルバードの身が光り、次の瞬間には青年の姿でテーブルに寄りかかるようにして立っていた。その顔には以前会った時の覇気はなく、全身からけだるい雰囲気を醸していた。
赤い双眸が横目でアランを見る。
『頼みがあるんだ。俺、これまで一人でもライラを守っていけると思ってた。でも今回なんの役にも立てなかった。使い魔失格だ』
後悔を滲ませる声でボソボソと喋り、アランはそれを黙って聞く。
『力不足を思い知らされた。だから恥ずかしいけどアランにもライラを守ってほしいんだ』
「安心しろ。頼まれなくてもそうするから」
アランは小さく笑ってギルバードの背をトンと叩く。
「俺だけじゃない、ナインもいる。侯爵だって。一人でなんとかしようとするな。お前の主人は破天荒娘なんだから」
言えばギルバードは赤い目をちょっと見開いて、弱々しくはあるもののニッと笑った。それからまた瞳を伏せて、
『あともう一つ。今後ライラが不幸になる選択をしそうになった時は止めてやって』
「不幸な選択って例えばどんな」
『たとえばシュレーター側につくとか』
「ないだろそれは」
『あくまで例だってば。今後ライラが悩んで道を外すことがあればその時は俺も一緒だ。それがたとえ破滅の道でも俺はその意志を尊重する。ライラが敵だとみなせば敵、味方だと思えば味方をする』
俺はライラの使い魔だから、とギルバードは身を揺らして歌うように呟く。ギルバードがなにを懸念しているのかアランにはわからなかったが、俄かに不穏な気配を感じとって尋ねた。
「なにか心配事があるのか」
ギルバードは首を横に振る。
『今はないけど......』
今回ライラを襲ったのはイーリアスの人形で、ゴブレットも他国からの輸入品と聞く。
もし一連の騒動にイーリアスやティターニアが絡んでいたとしたら?
もし他国王家や神殿にライラが縁を持っていたら?
その場合また予期せぬ面倒事に巻き込まれたり、しなくていい苦悩をしたりする日がくるのではないかとギルバードは懸念していた。
もちろん考えすぎかもしれない。憶測で悩むには大仰過ぎることかもしれない。しかし満足に情報をもらえない以上、ギルバードの不安は増しこそすれ払拭されることはなかった。
赤眼を閉じて呟く。
『俺はただライラに平和に幸せに暮らしてほしい。それだけなんだ』
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