初デートはハードモードで(2)

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初デートはハードモードで(2)

「淡い色と濃い色とどちらが似合う」 「どちらもお似合いです。ただ、昨今の流行りは濃いお色味になっております」 店長は微笑んで淡いレモンイエローのドレスと濃いオレンジレッドのドレスを取り出した。 「こちらの淡いドレスですと灯りの下で見た時にふんわりとして可愛らしく見えますが、体を細く見せたいと手控えるご令嬢がこの頃多いようです。特に夜会では体のラインを強調する装いを皆様好まれますから、濃いお色味のドレスで全体のシルエットを締めつつ格調高くと、レモンイエローよりはオレンジレッド、ライトブルーよりはディープブルーといった生地でオーダーされる方が散見されます」 ふむ、とアランは息をつき、ライラにレモンイエローのドレスをあてて眺めた。そのまま暫く動かず、ライラはアランを見上げて遠慮がちに、 「似合います?」 「似合う。たんぽぽみたいで可愛い」 「......たんぽぽ」 「基本的になにを着ても似合うと思う」 そう、似合いはする。 しかし―――。 「にゃっ、ちょっ、なんですか」 矢庭(やにわ)に頬をむにむにとやられ、ライラは思わず手を払った。抗議の目で睨みつけたがふざけるでもなく真剣な眼差しで見おろされて戸惑ってしまい、周囲の店員達はアルゴン一有名なカップルの戯れを目の当たりにして微笑み目配せをした。 「.........難しいな」 むすっとした面差しを前にアランは暫し思考する。 淡くふんわりとしたドレスを着ても、肝心の本人の表情は全然ふんわりしていない。真顔や仏頂面、拗ねる顔は自分にはすべて可愛げとして映るものの、パーティに来る来賓にはおしなべて不機嫌顔だと認識される可能性が高いわけで、それを予見して学園の教師陣も色香を行使するよう教え込み、ライラ自身も表情を誤魔化すことを第一に振る舞うようになっている。 微笑まない美貌を隠さず、ありのままでいられる装いはないものだろうか。 「似合うドレスであれば、どのデザインでもいいんだよな」 「ええ。色もお任せします。特に希望の色はありませんし―――」 言い掛けた言葉はアランが引き出しているドレスを見て止まる。 「.........赤以外であればどれでも構いません」 目が合い、探る金の瞳に思わず逸らす。 「赤は嫌いか?」 「嫌いではありません。ですが身につける気にはなれません」 「わかった。赤系統の生地や装飾は避けよう」 赤を忌避するのはマリアンナの影響かと勘が働くがここでは聞けない。赤いドレスを引き出して刺繍と宝石が縫い留められた部分を示した。 「前に刺繍入りのドレスを着ていたな。これが青や紫の生地だったとして、どう思う」 ライラはドレスの生地を手に取り、じっくりと眺めた。丁寧な刺繍で描かれた曲線の先に宝石が果実のように数個留められている。 「綺麗だと思います。宝石もこの程度でしたら気後れせずに済みそうです。あまりに絢爛(けんらん)な飾りだと角が立ちますので」 心配せずともこの店には宝石でうるさく飾ったドレスはないと思われたが一応言っておくと、アランは笑ってライラの頬に触れてきた。またつまむのかと睨んだが今度は優しく撫でるだけだった。 「角が立つって、誰に?」 「王族や公爵家の方々に。侯爵家以下は(ほとん)ど出席しないでしょう?」 夜会および晩餐会の参加者の多くは公爵家以上であり、後は学者や研究者、慈善団体の代表などが数名来る予定と聞いていた。侯爵家という家柄は低くはないが、春の乙女として来賓対応をするのであれば華美な装いは相応しくないように思われた。 「俺は君を婚約者として紹介する。家門で気後れする必要はない」 「いいえ、妃候補というだけで対外的にも対内的にも侯爵家です。仮に王家に入ったとしても、王家の血を引く方々と同列には並べません」 「そんなことはない。君はなぜそうすぐ卑屈になるのか―――.........」 待てよ。 「............アラン様?」 何事かを考え出した様子のアランを訝しみ、ライラは腕をつんつんとやってから頬に触れている手を降ろさせた。 「アラン様、どうかされました?」 「話し掛けないでくれ。ドレス案を考え中だ」 「......はあ」 ライラは手持ち無沙汰になってドレスの刺繍に目を落とし、伏せがちになった赤紫色の瞳をアランは見る。 ライラはブラッドリー侯爵家の一人娘で、神にも認められた正真正銘のアルゴンの民だ。 しかし真のルーツはイーリアスにあり、()()()()()()()()()()()()()()()。祖父に至っては()()()()()()()。 今から約二十年前、英雄ギリアンはイーリアスの王子を(ほふ)ってティターニアの神女、即ちライラの母親を秘密裡に救出した。神女が産んだ子供はイーリアス王家の御落胤(ごらくいん)ではなくギリアンの娘として育ち、三国王家にも存在を秘匿された。 その史実がなかったら。 アルゴンではなくイーリアスの民として生を受けていたならば、ライラはイーリアス王家の系譜に名を連ねていたはずだった。 ()()()()()()()()として。 「プリンセス教育を受けたって言ったよな」 声を潜めて問われ、ライラは怪訝に瞳を上げる。 「ええ」 言ったのはマリアンナだけれど。 「それはプリンセスになるための教育か。それともなった後に備えてか」 「両方です。なってから学ぶのでは遅いでしょう」 「パーティや舞踏会での振る舞いも両方できるか」 「ええ」 プリンセスになった後の振る舞いは、なる前のそれよりも数段楽だった。媚を売る態度も色香を駆使した言動も要らない。表情の機微よりも品格と忍耐強さが求められるため、たとえ心身疲弊していてもそれを表に出すくらいなら無表情を貫き通しなさいと教えられていた。 「あの、それがなにか?」 「いい案を思いついた。ひとまずレースやリボンで派手に飾られていないドレスを何着か着てほしい」 言いながらドレスを見繕って店員に手渡し始め、ライラはぱちぱち(まばた)きしつつ頷いた。 「試着と合わせて全身の採寸もする。フルオーダーで四着作る」 店長がやってきてメモをとる。 「四着の内訳をご教示ください」 「夜会用二着と舞踏会用二着」 ライラはえっと声を上げた。今日は夜会用のイブニングドレスを買うつもりで来店しており、舞踏会用は想定していなかった。しかも四着フルオーダー。 「アラン様、そんなにたくさんは」 「気にしなくていい」 「四着は多いです!前夜祭と後夜祭で二着あれば足りますし」 「なにか(こぼ)した時に同等の着替えがないと困る」 表情を誤魔化すためにセクシー路線を歩かせるわけにはいかない。かと言って普通の装いでは顔の方に目が行くし、整った顔立ちで人目を惹くぶん悪目立ちする。 ならばこの際、一介の令嬢ではなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのままの表情でも文句を出させない風格を目指してみてはどうだろうか。 「この店は刺繍のオーダーもできるよな」 「はい。カタログよりご選択いただくか、ご希望のデザイン案がありましたら職人をお呼びします」 「こちらで案出しする。ライラちょっと」 「えっ、ええ」 アランはライラの腕を引いて装飾品が乗せられたワゴンの前まで連れてきた。 「どう思う?」 「目がちかちかします」 ライラは輝く宝石とアクセサリーを覗き込み、値段で価値を図ろうとするがいずれにも値札がなく残念に思った。中央には金の鎖のペンダントが置いてあり、思わずアランの腕を突っつく。 「見てください!シャルロットがいます」 「これが奴なら頬袋は宝石でいっぱいだろうな。詰められるだけ詰め込むから」 ライラは両頬を膨らませたシャルロットを想像して顔が(ほころ)び頬を押さえた。 「可愛いわ」 「そうだな」 可愛い。 これほどの宝石類を前にリスの頬袋を想像してテンションをぶち上げている意味のわからなさが可愛い。 「ギルにも頬袋があればいいのに」 「どうして?」 「ぷくぷくで可愛いですもの」 ぷくぷく。 なんだ、ぷくぷくって。 身長のくだりもだが、ふいをついて可愛いと思わせてくるのはなんなんだろう。わざと仕向けているのか、はたまた自分が単純なのか。 遠くを見るアランには気づかず、ライラは今一度ワゴンの中を見渡した。隅の方に視線を流すと金で縁取られたカメオのブローチに目が吸い寄せられて身を乗り出し、アランは我に返ってライラの視線を目で追った。 「綺麗だわ」 貝殻かなにかに雄獅子と雌獅子が彫り込まれ、雄獅子の(たてがみ)は淡い(だいだい)色をしていた。数々の宝石に埋もれて存在するそのブローチは、目立たずとも唯一無二の美しさがあるとライラは思った。 「それ、なんの宝石だろうな」 「宝石ではなく象牙か貝殻に見えます。デルタリーゼは元気ですか」 「ああ。昨日餌をやった」 ライラの回答から見ているのは獅子のカメオのようだと判断する。(きら)めきも色鮮やかさもないブローチだが見つめる瞳は今日一で輝いて見えて、リリアナと同じく動物モチーフの物品に惹かれる(たち)なのかもしれないと分析していたところで数人の店員が道具箱を抱えてやってきた。 「試着の前に採寸をいたしましょう。今お時間よろしいでしょうか」 「いいわ。アラン様、行って参ります」 ライラはカメオから目を外して場を離れ、アランの元には生地の束を抱えた店長が来てワゴンの蓋を取り外して言った。 「生地のサンプルをお持ちしました。刺繍職人はこの後参ります。こちら、お気に召す装飾品はありましたでしょうか」 「そのカメオなんだが」 指して見せると店長は、ああ、と微笑んで手袋を嵌めブローチをそっと手に取りトレーに乗せた。 「非常に才ある職人が作った品です。彫刻家として未来を嘱望されていたのに現在行方をくらましておりまして......未だ無名ではありますが、ご覧の通り繊細で滑らかな彫りは名の知れた彫刻家と勝るとも劣りません」 「たしかにこのサイズによく二頭彫り込めたよな」 ブローチを裏返すと小さくサインが刻まれていた。 " Michael.E " 「これを貰う。贈り物用で包んでほしい」 「はい!ありがとうございます」 店長はバッと試着室を見た。これがもしサプライズプレゼントであるならば、このやりとりを令嬢に目撃されてはならない。 「今すぐ包んでお持ちしますね。その間に生地をご覧くださいませ」 そう言うとアランに生地の束を渡して走り去っていった。アランは手近の椅子に掛けて生地を一つずつ確認しつつ、刺繍職人にデザイン案のイメージを伝えて描けるだけ描かせた。 「この柄を刺繍するのは初めてです。糸の色はどうされますか」 「陰影を除いて銀一色で」 「承知しました」 試着室からも声が掛かる。 「アラン王子、採寸が完了しましたのでこれより試着に移ります」 「わかった。着たら呼んでくれ」 そんなこんなであれよあれよと数時間。 すべての試着を終え、ライラはテーブルにぐったりとうつ伏して座っていた。アランはライラの肩を揺すり、顔を(わず)かに上げたところに店が用意した茶菓子を差し出した。 「疲れたか?」 「......ええ」 疲労困憊で菓子を受け取ると包みを開いて口に運び、また顔を伏せる。 「一日でこんなに着たり脱いだりするのは最初で最後にしたいです」 「フルオーダーは大抵こうだ」 「今日のお召し物もフルオーダーですか」 「ああ。王族は出来合いは着ない」 「......勉強になります」 菓子を飲み込み、うつ伏したままため息をつく。 疲れた。 それに、ちょっと落ち込んだ。 採寸と試着の際、腹の傷に気づいた店員がぎょっとして顔を背ける場面を見てしまった。チャリティの日に負った傷痕は横一文字に右腹に走り、上がった体温によって紅くくっきりと浮き出ていた。これまで自分では気にしておらず、ギルバードもアンナもなにも言ってはこなかった。でもそれは身内で見慣れているからであって、初めて見る人にとっては顔を瞬時に背けたくなる程むごたらしいのかと知りショックだった。 私が怪我で寝ている間、アラン様はこの傷を見たのかしら。
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