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初デートはハードモードで(4)
「王族を共犯にするなんて豪胆だな」
どこか不敵に注がれる笑みにライラは素知らぬ顔をする。
「お花が捨てられると思ったら私、悲しくて心が痛くて倒れてしまいそうで。私が倒れたら、あなたは生きていけないんでしょう?」
「...............参ったな」
「もう、寝顔を見るのと同じなのに大袈裟に言うから...............っ!」
抱きすくめられて鼓動が高鳴る。温もりと優しい匂いに心の奥がきゅっとなる。
「同じなものか。見るなら普通の寝顔がいい」
死人のような顔ではなくて。
「嫌です、恥ずかしい」
「結婚すれば自然と見せることになる」
「見せません。アラン様より先には絶対に寝ませんから」
「意地を張るのもいいが、そもそも簡単には寝かさない」
顔を上向けられて瞳が合う。言葉の意味を想像して鼓動はどんどん速くなる。
「.......アラン様、それって」
「考えなくていい。君が知るにはまだ早い」
唐突な子供扱い。むっとして尖る唇をアランは笑って指でなぞった。紅をひかずとも薄く色づく唇は、小さくもぽってりとして柔らかだった。
「可愛い」
言葉と共に顔を寄せられ、ライラは口づけを察して目を閉じ掛ける。しかし視界の隅を丸く白いものが横切って、唇が触れ合う直前一瞬だけ横目で追って、
「っ?!」
アランの身を押して離れ、湖の畔をペタペタ歩く白い鳥に近づいてしゃがみ込んだ。
「アラン様!この鳥をご存知ですか?」
グワ、と能天気な鳴き声が上がり、アランは忌々しげな眼差しで鳥を睨んだ。
「.........アヒルだろ。ここで飼われてる」
黄色い脚には管理タグがついていた。尻を振って湖に入って行き、ライラは名残を惜しんで湖の縁に身を乗り出し、アランはライラの肩を押さえて水に落ちないよう固定した。
「行っちゃったわ」
「気に入ったのか、アレ」
「ええ。ミルクプディングみたいで可愛いかったのに」
そのプディングのおかげで雰囲気を壊されたが、気に入ったというなら許さざるを得ない。
「俺は君の方が可愛いと思う」
ライラは振り向いて肩越しにアランを見た。
「ミルクプディングより?」
プディングから離れてほしい。
「違う。君が可愛いと言うものより可愛いと思ってる」
「......ありがとうございます」
アラン様は変わってる。
そう思いながら揺れる水面を見つめると、水に映る自身の姿が目に入った。
「お父様成分はどこに行ったのかしら。せめて髪か瞳のどちらかは......」
突飛な発言ではあったものの、父親に似ていない自身を嘆いているとわからせるに足る言葉だった。
「君は精神面を受け継いでいる。それで充分だろう。外見は加齢で移り変わるが、内面は簡単には変わらない」
「まあ、そうですけれど......」
渋々頷くと水面の自分もうんうんと頷き、なんだか面白いと思って眺めているとふわりと後ろから抱きしめられた。その様子も水鏡に映り、ライラの体温はどかんと上がった。
「茶色の髪と目でも綺麗だろうな」
耳元で響く声にぞくりとする。
「初めて見掛けた時、今まで出会った誰よりも綺麗で魅力的な人だと思った」
「こ、光栄です......」
ライラは高鳴る胸を押さえていたが、魅力と聞いてふと疑念が湧いてきた。
「魅力って、胸の話ですか?」
「......は?」
「この前そんなことを仰っていたので」
「...........容姿全体を見て魅力的だと思ったんだ」
おかしいな。
なぜ雰囲気を悉く壊されるのか。
「そうですか................では、" 今まで出会った誰より " と仰るのは、アラン様がお付き合いしてきた方々の中で一番綺麗、という意味でしょうか?」
言った途端。
抱きしめる両腕に緊張が走るのを感じて、ライラははっとして押し黙った。気軽に聞いてはいけなかったかとどきどきして待っていると、
「...........それは......それだけではないが」
「......そうですか」
曖昧な返事は肯定を含んでいた。
過去に親交のあった女性が気になって更に詳しく聞きたかったが、明らかに言いたくなさそうにしているのに深堀りをするのは憚られた。黙って水面を見ていると、アランは腕を解いてライラの手を取り、生け垣に沿って元の道を戻り始めた。
いつの間にか夕方になり、西方の空は薄紅く染まっていた。
もう帰るの?
初めこそ緊張して度重なる試着に閉口もしたが、二人きりでの外出は存外楽しく時が経つのはあっという間だった。
まだ日は明るい。
帰るにしても、「話をしながらもっとゆっくり歩きませんか」と勇気をだして言ってみよう。
意を決する。
「あっ............................王宮にもアヒルがいればいいのにっ......!」
ライラ、違うわ。
なんでアヒル.........。
全然関係のない言葉が転び出てしまい、なに言ってるのと内心嘆くもアヒルトークは止まらなかった。
「裏の木立に池を作ってお花を植えて。そうしたらレッスンの合間に通うのに」
素直になるって難しい。
こうなればせめて空気を和ませようと取り留めのない話を続ける。
「鳥だから、屋根を作らないと飛んで行ってしまうのかしら。でもさっきの子は歩いて移動していたし、ニワトリみたいに高く飛べない鳥なのかしら。もしそうなら王宮の木立でだって......」
その時、
「俺も君に聞きたいことがある」
声が掛かり、やった!と思った。
もう少し会話ができると嬉しくなって食い気味に、
「なんでしょうか?」
「アン・ブロシエール時代の話を聞かせてほしい」
気がつけば歩みを止めていた。
陰口を聞いた時ですら、止めなかったのに。
「俺達は互いを知らなすぎる。そうは思わないか」
「............................................私、昔のことはあまり覚えていません」
アランはライラの伏せられた顔を覗き込んで視線を合わせ、眉根を寄せた。
白く虚ろな貌。
光を失って見開かれた赤紫色の瞳。
生気のない、まるで人形だった。
「話せる範囲でいい。言いたくない話は無理にしなくて構わない。ただ俺は俺が知らない君を知りたいんだ」
懇願を受け、ライラは逡巡ののちこくりと頷いた。
「わかりました。私もアラン様について知りたいです......」
結婚相手の経歴を知りたいと思うのは至極当たり前で、本来は婚約前に話し合っておくべき事柄で。
そう思って頷きはしたが、ライラは自分が同級生から受けた仕打ちの詳細については決して明かすまいと決意していた。打ち明けて同情されたくはなく、春の乙女に任命されている今、過去の惨めで情けない自分と向き合っている余裕はなかった。
アランは微笑み、ライラをぎゅっと抱きしめて再び手を取り歩き出した。
「この後夕食を一緒にとりたいんだが、王宮ではなく外に行こうと思う」
「外食ですか」
人に見つかればまた囲まれて騒がれて、食事どころではないような。
「大騒ぎになるのでは」
「忍んで使える店がある。これを聞けば俄然君も興味が湧くと思うが―――」
「................なんですか?」
もったいぶられて気になり尋ねると、アランはニヤリと笑んで、
「リリーがデオンに正式にプロポーズされた店だ」
握る小さな手がぴくぴくと動き、しめしめと思う。
「どこにあるんですか?」
「王都の路地裏だ。おすすめは肉料理だが、食べられるか」
「食べられます」
リリー様の思い出のお店。
しかもおすすめは肉料理。
急にお腹が空いてきた。
「じゃ、その店にしよう」
「はい」
ちらとライラを見ると未だ表情は晴れなかったが、人形そのものの顔ではなくなっていた。腹をぽんぽんとさすっており、空腹らしいと察して笑った。
公園を出て馬車に乗り込むと、二人は向かい合って座し車窓を眺めて吐息をついた。
―――過去の遍歴を知った時、君は俺を嫌うだろうか。遊び人だと嘆かせて、傷つけてしまうだろうか。
―――人気者のあなたと違って私は皆の嫌われ者。人徳のない令嬢だって、愛想を尽かされないかしら。
憂いを抱く二人を乗せて、軽快な音と共に馬車は王都に向かって走り出した。
*************************
「ここからは徒歩で行こう」
「え?ええ.........」
王族行きつけのお店がこんな殺風景な路地裏に?
疑心暗鬼に陥りつつ黄昏に染まる石畳を歩く。左右には蔦の絡まる外壁が延々と聳え、店という店は見当たらない。
「あとどのくらいで着きますか?」
「もうじき着く」
のんびりとした回答。前方を見る限り店舗らしき灯りはなく、かれこれ10分は歩いているが看板はおろか " 店まであと◯メートル! " といった案内板すら見掛けなかった。
王太子ご夫妻がここを歩くなんて信じられる?
道を一本間違えているのではないかしら。
悶々と考えていた時、アランがぴたりと歩を止めた。
「ここだ」
「ここって......」
なんにもない、道。
戸惑っているとアランは左の壁をコツンとやった。白い外壁には小さな獅子のレリーフが埋め込まれており、アランが触れると仄かに金色の光を発した。数秒後ゴトゴトと音を立てて壁の一画が奥へ下へとパズルの如く引っ込んで行き、現れた空間には地下へと降りる石階段が完成して、ライラは地下から吹き上がる風で煽られる髪を押さえて呆気にとられて立っていた。
まるで推理小説に出てくる隠し部屋じゃない。
秘密の実験施設や密会場所に繋がっていそうだなどとキケンな妄想に耽っていると、アランが先に数段降りて振り返り、手を差し伸べてきた。
「行こう。足元には充分気をつけてくれ」
「あっ、ええ」
ドレスの裾をたくし上げて降りていくと下には金の大扉があり、アランが近づくと重い音をたててひとりでに開いた。扉を通り抜けると薄暗い階段から一転、暖かな光が降り注ぐエントランスホールが視界いっぱいに広がった。
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