初デートはハードモードで(6)

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初デートはハードモードで(6)

物心ついた時からお父様は(ほとん)ど屋敷にいなかった。 私が朝起きるよりも前に屋敷を出て王宮に行き、夜寝ている時刻に帰ってきた。会えるのはたまの休日しかなくて、普段会えないぶん沢山構ってほしかったけれど私は「あそんで」の一言すら言い出せなくて、結局自分の部屋で一人遊びをして過ごしていた。 するとお父様の方から私の部屋に来てくれて、私を外へと連れ出した。きっと仕事で疲れているのにお絵かきや追いかけっこ、時には使用人も交えて隠れんぼだってしてくれた。お茶会ごっこにさえ付き合ってくれて、私が気取って「私はお父様とけっこんするの。ほかの人なんて知らないわ」などと言った時には珍しく笑って抱きしめてくれた。 優しいお父様が大好きだった。 だからわがままは一度も言わなかった。 しかし、ある時期を境にお父様の様子が変わり始めた。 その頃の私は追いかけっこもままごともしなくなって、静かに本を読んだり花をつんで屋敷のテーブルに飾ったり、「ごきげんよう」と一丁前の貴婦人を演じてみたりして過ごしていた。毎日のドレスも自分で選ぶようになっていたし挨拶のお辞儀もよろめかず綺麗にできるようになっていた。 お父様に褒めてほしくて休日を楽しみに待っていたけれど、お父様は休みなのに休まず書斎に籠もって仕事をしていた。部屋にも来てくれなくなって久々に顔を合わせてもなんだか話しにくそうだった。 でも優しく頭を撫でてくれて、ねだれば抱っこもしてくれた。仕事帰りに見つけたと言ってアクセサリーをプレゼントしてくれたこともあった。 休まないお父様が心配だった。 このままだとお部屋で死んじゃう。 お父様を助けなきゃ。 私はなにをしたらいい? 頭のいい大人になればお仕事を手伝える? 大人になるにはどうしたらいいの? ―――アン・ブロシエールはアルゴンで最も有名な女学園です!お友達もいーっぱいできますよ! ......そこに行けば大人になれる? ―――レディになれます!貴女なら国一番のレディにだって。お父様もどんなに鼻が高いでしょう。 ......レディになればお父様を助けられる? ―――家門の誇りになります!お父様も大層お喜びになりますよ。お父様が喜んでくれたら貴女もとっても嬉しいでしょう?さあ、私と一緒に学園へと参りましょう?お姫様。 ............でも、お父様がひとりぼっちに........... ―――お父様は大人ですから一人でも寂しくなんてありませんよ。寂しいのは貴女でしょう?いけませんよレディになるのにそのような気持ちを持っては。いつまでも子供のままでいてはお父様に嫌われてしまいますよ。それは嫌でしょう? ......私、もう子供じゃないわ。 それにさみしいなんて一回も言ったことないんだから。 屋敷にいてもお父様とは全然会えない。寮にいようと屋敷にいようと私の生活は変わらない。同じ時を過ごすなら学園に行って学ぶ方が有意義に決まってる。 一日もはやくレディになってお父様を助けてあげる。 がんばるから、少しだけ待っていてね。お父様。 * * * * * 「全寮制でも休暇はあったよな。屋敷にはきちんと帰っていたのか」 「年に二回、夏と冬に二週間の休暇がありました」 シャンパンを飲み干してグラスを置くと、アランが注いでくれたのでまた手に取った。 「ですが基本は冬に数日しか帰りませんでした。一度も帰らなかった年もあります」 「......なんで」 「成績維持のためです。休んでいる暇はありませんでした」 嘘だった。 屋敷に帰ると学園に戻る気力が失せるからだった。 「ダンスが得意と聞いたが他に得意な科目は」 「得意もなにも表情の機微以外で苦手だと思った科目はありません。他の令嬢がなぜ卒なくこなせないのか、ずっと不思議でなりませんでした」 真顔で繰り出される高飛車な発言に図らずもアランは笑ってしまい、ライラはシャンパンをぐいと煽った。 「逆に表情の機微についてはなぜ皆ができるのかが不思議でならなくて。先生方も途中匙を投げておいででした」 この時扉がノックされて店員が大きな肉料理の乗った大皿を二人がかりで運んできて、ライラは目を見開いて取り分けられる肉を眺めた。店員が去るのを待って早速食べ、椅子の上でぴょこんと体を跳ねさせた。 「美味しいです!」 皮はパリッと中は歯ごたえもありつつ柔らかで、甘辛ソースとの相性も絶妙でいくらでも食べられると思った。学園の話で収縮していた胃が一気に復活してきてもぐもぐと食べる。 食べながら思う。 話して苦しくなるかと思ったけれど、私結構平気だ。 「気に入ってくれて嬉しい。沢山食べてくれ」 アランは穏やかな笑顔を向けていたが、内実はライラが肉料理を前に明らかに目の色を変えたことやファーストバイトの嬉しそうな反応、野菜やパンよりも旺盛に動く頬を見てぐらぐらきていた。見かけ上は草花やきのみを好む慎ましやかな生物だと見せかけて、実態は肉食の小動物だったなんて誰が予想するだろうか。 「肉好きなんだな」 「三食お肉でもいいです」 「すごいな。胃もたれとかしないのか」 「まだそこまでの(とし)じゃな.........」 年上を前にして言うには微妙な発言だったと気づいて黙るも、ほぼ言ってしまった言葉にアランは双眸を細めてやや不貞腐(ふてくさ)れた顔をする。 「そこまで離れてないからな」 「四歳差は大きいかと。私が生まれた頃にはアラン様は走り回ってらしたでしょう?」 「それはそうだが.........今更だが年齢差は気になるものか?」 「いえ、全然」 頬張った肉を(しば)し咀嚼し味わってから、 「家の都合で何十歳も上の方と添う場合も往々にしてありますし、数歳の違いは誤差でしょう。気にする令嬢の方が少ないのではないかしら。知らないけれど」 知ったかぶりをしたくなくて最後さり気なく言い添えたが、若干落ちた声のトーンをアランは聞き逃さなかった。 「そう言えば、学園の友人で今も親しくしている令嬢はいるのか」 「いません。学園時代に友人と呼べる人はできませんでした」 下手に隠すのも恥ずかしくて平静な声でスラスラと答える。 「途中私だけレッスンのカリキュラムが変わってしまい話も合わなくて。覚える内容も多かったので休憩時間も一人で復習していました」 正確には令嬢達の輪に入れず、その時間を埋めるために予習や復習に励んでいたのだがそれは流石に言えなかった。集団の輪に入れず省かれる切なさを目の前の王子が知るわけないのだから。 「通常レッスンにプラスしてプリンセス教育は大変だったろうな。でもなぜ君だけだったんだ」 「たくさんいると価値が落ちるためだそうです。プリンセス教育を特別なものと価値づけるには人数制限が必要といった話を聞きました」 「なるほどな」 プリンセス教育も広く施せば量産型になり下がると。理屈には納得できたがその教育要綱は不可解だった。 「どんなレッスンだった?俺には受ける機会が一生ないから気になってる」 「ぱっと思いつくのは......」 ライラが瞳を上げて答えたのは、 「花を見て鳥の話をしたり、悲しい物語を読んで楽しい感想を述べたり、抜き打ちで辛いケーキや酸っぱいパンを食べさせられたり、あとは御印(みしるし)の名を尋ねたり無理難題を言って困らせたり、です」 謎すぎる。 「.........それぞれなんの意味があったんだ」 最初の二つでちぐはぐなことをさせたかと思えば、辛いケーキや酸っぱいパンを仕込むという低レベルなドッキリ企画。なにを(もっ)てプリンセス教育と称しているのかさっぱりわからなかった。 「ええと......意味はあまり覚えていなくて。御印の名を聞くのと無理難題を言うのは、王族以外のお手つきを防ぐためにも必ずやりなさいと言われました」 「お手つきって.........いつ聞いた」 「10歳よりは前かと」 「意味はわかったのか」 「いいえ。ただ王族としか仲良く接してはいけないという意味だと思いました。詳しい意味を知ったのは教材で恋愛小説を読んでからです」 「御印の名を聞いたり無理難題を言った結果相手が王族だったらどうする」 「それは..........」 言わずもがなで、王家の中で何番目の序列かを確認して高ければ駆け引きに入る。低ければうまく取り入って更に序列が上の人物と接点を持つ。 ......なんてそんな品定め、アラン様に言えるものですか。 「察してください」 それだけ言って視線を逸らした。人の内面は一切見ず地位にしか価値を見出さない。浅ましい教育を受けたものだとシャンパンを揺らして吐息をついた。 その物憂げな様子を見てアランの心には俄に一抹の不安と疑心が浮かび迫ってきた。 相手が王族でなければお手つきを防ぐためにも袖にする。しかし王族だった場合「察しろ」と言われたら、それはもう()()()()()()()()()()という意味にしか聞こえない。少女に対して施すには行き過ぎた教育だが侯爵もライラが10歳になる前に輿入れの斡旋があったと話していた。 「..........アラン様?」 沈黙したアランを訝しみライラはグラスから目を上げた。考え中に見えたため肉を食べつつ待っていると、アランは緩慢な動作で髪をくしゃくしゃとやった。 「いや、なんでもない」 まさか少女の時分に手ほどきを受けさせられたのではと全身の血が凍ったがそれはないと判断した。初めてキスをした時の不慣れさを思い返してみても有り得ない。本人も「全部」初めてだと言っていたわけで。 「人よりハードな学園生活で成績一位は偉業だな。大変だっただろう」 「レッスンや勉強はそうでもなかったです」 「人間関係か、問題は」 「....................ええ」 「いやがらせを受けたと聞いたが原因はやはり母君か」 「..........ええ。母がシェリル様から父を奪って婚約破棄させたと。その母の娘も人のものを取るのだろう、と」 「低俗な憶測だ」 ライラは肯定も否定もできなかった。マリアンナの母シェリルと父の思いの外穏やかな邂逅(かいこう)を目の当たりにしてもなお、母の所業の真偽について未だ父に聞いてはおらず、今更聞く気もしなかった。 「話しづらければ言わなくても構わない。いやがらせの内容について聞いてもいいか」 「はい。でもすべて一般的なもので語る程の内容はありません」 真顔でいよう。 決して深くは話すまい。 そう思っていたがアランが不審げに眉根を寄せるので身構えていると、 「一般的って、例えば?」 尋ねてからアランは気まずい表情で弁解した。 「ごめん、俺には令嬢間でのいやがらせというのが程度含めて理解できてないんだ。ヴァルギュンターでは暴力沙汰が度々あったが、貴族令嬢の間でそういう手酷いことは普通起きないだろう?」 理解不足ですまないと頭を下げられ、ライラは目を(しばた)いてアランを見る。
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