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初デートはハードモードで(7)
「令嬢のいやがらせと聞いて、アラン様はどのような内容を想像されますか?」
「挨拶無視や悪口、好き勝手な噂を流すとか。それくらいしか思いつかない」
「............合っています」
もしかして、非力な令嬢にはちょっとした口撃しかできないと思ってる?
力がなくても針を刺したり叩いたり、階段から落としたりはできる。本人の体を傷つけなくても大切にしている物を壊して心を殺す術だって使えるのに。
なんにせよ、良く知らないのは都合がいい。
そう思った。
「仰る通り陰口や無視、あとは物を隠すとか。その程度です」
その瞬間、壊され踏み荒らされた私物や花が「忘れないで」と脳裡をよぎり、脚に刺さる針の痛みを思い出した。痛みは封じて無視を決め込む。
「もうあまり覚えておりませんし忘れるくらいのことしかされてません。私が打たれ弱くて過度に傷ついたんです」
「それで屋敷に籠もるようになったのか。5年も」
アランの目に映るライラは決して打たれ弱い令嬢ではなかった。むしろ気が強くて激情家で理不尽だと思えば猛反発する女性だと知っているため、どうもしっくり来なくて探る目を向けたが肩をすくめられただけだった。
「屋敷の居心地が良くてつい。それまでレッスンや勉強漬けだったんですもの。ゆっくり休みたくなる気持ちもおわかりになりますでしょう?」
軽く言うと中央に置かれた大皿に手を伸ばした。肉の塊を切り出そうとナイフを取ったがアランは即座に手を押さえた。
「俺がやる」
「私がやります。アラン様のぶんも切って差し上げます」
「いやいいって」
ナイフの持ち方が怖い。しかも添える手が刃の下にあるのはどうしたことか、指ごと切り出すつもりかと恐ろしくて、拗ねさせずにナイフを置かせる言葉を探した。
「刃物系は任せてほしい。唯一自慢できる分野だから」
「短いナイフも得意なのですか?」
「もちろん」
少なくとも君よりは。
ライラはナイフを置いて乗り出していた身を戻し、アランは安堵して手早く肉を切りライラの皿に乗せてやった。
「ありがとうございます」
御礼を述べて肉の切れ端を口に運ぶ。流石剣士、てっきりナイフを取り上げたくてでまかせを言ったのかと思いきや本当に得意らしかった。
「そう言えば父と手合わせなどはされましたか」
父がこの頃良く稽古場に出没するという話をギルバードから聞いていたため尋ねるとアランは笑ってひらひらと手を振った。
「まだだ。手合わせ願いたい気持ちはあるが剣技の研鑽が全然足りない」
トレーニングにおいて剣を折ることはなくなっていたものの、実戦で気持ちが昂った際に加減をコントロールできるかどうかはまだ怪しかった。いっそ神力なしで戦いたいが、自分はデルタリーゼの力によって身体能力が否応無しに上がっておりフェアではないため、両者神力ありがいいと思っていた。
ライラは壁に立て掛けられた剣を見て、それまでなんとなく気になっていたことを尋ねた。
「なぜ剣を三本持ってらっしゃるのですか」
「二本は予備だ。デルタリーゼの衝撃波で毎回反動が返るんだが力加減を誤ると刃が折れる」
ぬぬ、とライラの眉間にしわが寄る。
「金属の剣が折れる反動って相当では」
「昔は骨も何度かやった。でも最近は骨折まではしていない」
痛そう。
骨が折れる光景や感覚を想像して身震いしつつ、神力の反動と聞いて思い当たる節があった。
私が神力の矢を射て眠ってしまうのと同じ感じではないかしら。
「デルタリーゼであれば反動なく神力を使えるのではありませんか?」
ギルバードとデルタリーゼに見られる共通項を思って聞くと予想通り、
「ああ、彼女なら反動なしで戦える。でも使わせない」
「なぜですか?」
「俺は他の戦士と同じように自分自身でスキルを行使して戦いたい。それと........こっちの理由の方が大きいんだが........」
言うか、言うまいか。
アランは少しの間躊躇っていたが、それは恥ではなく照れに起因していた。
「王や王太子曰く、デルタリーゼは亡き王妃に顔立ちが良く似ているらしい」
ライラは驚いて以前西の離宮で会ったアランの使い魔を思い返した。しかし綺麗な女性という覚えはあるにせよ、雌獅子の時の肉球のふにふに感の方が鮮明に思い出されてしまって変化後の細かい容姿は大半忘れてしまっていた。
「アラン様は、王妃様の記憶は」
「生まれてすぐ亡くなったため覚えてない。肖像画を見る限り似ているようには見えないんだが、王や王太子が似ているというなら似てるんだろう」
その表情と口振りから、ライラはアランが亡き王妃―――実の母に似た女性をたとえ使い魔と言えども戦禍に立たせたくないのだと理解した。万が一命を落とさせるような事態になれば本人はもちろん王や王太子も穏やかな心境では恐らくいられない。
家族想いの一面を知るのと共に、反動で常に怪我をするリスクを抱えているというのは心配で、でも私に心配される程アラン様は弱くないと思う気持ちもあって神力を使わないでほしいとは言えなかった。
代わりに自分も打ち明け話をすることにした。
「私はギルを産まれなかった弟だと思っています」
「ん......弟がいたのか」
問いには答えず、アランに左手を差し出して見せる。中指には花の模様が描かれた指輪があり、アランは怪訝な顔で今まで気にする機会のなかったそれを眺めた。
「母の形見です。成人の儀の前に私に渡してほしいと生前父に託をしていたそうで、封筒に入れられていました。開けると中には指輪の他に紙が入っていて " ギルバード " とだけ書かれていました」
なんだそれとツッコまれるかと思いきやアランが口を挟まないのでそのまま続けることにする。
「ギルを召喚した時、早く名をつけなければと浮かんだのがその名前でした。私は知らなかったのですが帰りの馬車で父が私に、母が生前『次は男の子が生まれるから名はギルバードにしましょう』と話していたと教えてくれて。その時はやってしまったと思いましたけれど、今ではギルバードと名づけて良かったと思っています」
「...............面白い話だな」
暫しの間の後平静に返したが、アランは驚きと興奮を抑えて座っていた。
面白いどころか。
この話は神女の未来視にまつわるエピソードではないだろうか。
「侯爵はなんと言っていた」
「父は....................あら?」
父の反応を思い出そうとするが浮かばず、暫く考えてアッと声を出す。
「私お父様に話していないわ。あの頃バタバタしてたからつい忘れて.......。ギルにも言っていないかも」
「折を見て話した方がいい」
災害を予言する力とは別に未来視の神力を持っていたというライラの母。娘の成人の儀の様子が視えたため手紙を用いてささやかな干渉を試みたのか。『次は男の子が生まれる』という発言も使い魔ギルバードを指して言ったのではなかろうか。
そんな思案に暮れていると、
「話は変わりますけれど、ヴァルギュンターってどこにあるのですか」
おず、とした口調。アランは物思いを止めてライラを見た。
「アルゴン西部だ。アン・ブロシエールとは領地を一つ挟んで隣にある」
「えっ......意外と近所に」
「ああ。表立っての交流はなかったが、アン・ブロシエールの生徒とヴァルギュンターの生徒で交際するパターンは何度も見てきた。令嬢側は隠していただろうが」
カチャン、とフォークの先を皿に当ててしまい、ライラは慌ててフォークを置いて居住まいを正した。長年通いながらも知り得なかった事実にただ愕然とした。
アン・ブロシエールは在学期間内の異性交友を禁止していたし休暇以外は外出禁止だったのに、どうやって交際するの?
「交際のきっかけってなんでしょうか」
「文通だ。休暇中に親しくなって文通を始めてまた次の休暇で会って.....で交際に発展する」
「アラン様も文通のご経験がおありで?」
もし私が知ってる令嬢と交際していたらどうしよう。
だとしたらすっごく。
すっっっっっっっっっごく、嫌なんだけど。
というか皆いつの間に?
私が勉強している間に皆は男子と文通したり密かな逢瀬を重ねたりして早いうちから恋愛方面の研鑽を積んできてたってこと?
私、もしかして遅れてる???
大荒れするライラの心中に反してアランはさらりと、
「俺は文通はしなかった。面倒だし剣の修行とは別に帝王学も学ばなければならなかったから。それなりに忙しくて10代半ばまではろくに休みも取れなかった」
「あ......そうでしたか」
一瞬安心し掛けたがまだ早いと思い直した。10代半ばまで休めなかったとしても、10代後半には余暇ができていたと受け取れるし、前提として文通は交際に必須なツールではない。
「ヴァルギュンターは全寮制ですか?」
「いや。寮もあったが通える者は通いで来ていた。近くに部屋を借りて一人で自活する者もいた」
「アラン様は王城から通学を?」
「基本はそうだ。定期試験前だけ短期で部屋を借りていた」
「.........そうですか」
聞く限りヴァルギュンターはかなり自由な校風らしい。外を出歩くも恋愛するもしないも個人の裁量。そんな中で同級生が女学園の生徒と懇意にしている場面を見聞きしようものなら、自分も同じように交際したいと憧れを抱く場合も少なからずありそうで。
そこまで想像して、はっと閃く。
早年戦士の不文律―――結婚より遊びを推奨するという常識外れな恋愛観。あれは戦士見習い時代に経験する自由奔放な異性交友が影響して形成される観念なのではないかしら。アン・ブロシエールの生徒も実は先生や両親の目を盗んでこっそり密会を楽しんで―――。
だから皆成績上がらなかったんじゃないの?
「......信じられない、私にはそんな機会全然................」
ボソボソと呟いたがアランは話の脈絡が掴めず訝って尋ねた。
「自活の話か?」
「いいえ」
ひとまず聞きたいことを聞かなきゃ。
直近の話から過去に遡って聞く?
それとも時系列に沿った方がいい?
なんでギルに相談しておかなかったんだろう。
「..........どうした?」
アラン様が困っている。私が困らせている。時間を無駄にしてはいけない。前に知りたいことがあれば答えると仰ってくださったのだしウジウジ悩まないでここは時系列でいこう。
回答によっては落ち込むかも。
でも鉄仮面に徹するの。
いつものように。得意でしょう?
アランは目の前で百面相を繰り広げるライラを困惑して眺めていた。なにを考えているのかまったく読めない。こういう時リリアナの神力を借りたくなるなどと思って見ていると。
灯りを消すように、ライラの顔から表情が消えた。
「つかぬことをお伺いしますけれど」
表情を示さない唇が動き、抑揚乏しい言葉を紡ぐ。
「初めてのキスって覚えていますか?」
急に?
「建国記念の祭典の日の夜だろう」
忘れるものかと即答したがライラはゆるゆると頭を振った。
「いいえ」
赤紫色の瞳はアランを捉え、深淵を覗き込んでくる。
「すみません言葉足らずでした。アラン様にとっての初めてのキスの話です。いつ、誰としたのか知りたいのです。教えてください」
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