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初デートはハードモードで(8)
「............なぜそれを聞く」
「知りたいからです。いけませんか」
「.....................いけない、というか」
細かい。
アランとして聞かれるだろうと予想していたのは交際人数や相手の特徴、現時点での関係性といった情報であって、いつ初キスをしたとか相手が誰とかそんな細かな部分まで聴取されるとは思っていなかった。また聞かれたとて困る質問でもあった。
「...............覚えてない」
リスクヘッジのため関係を持った女性の情報は律儀にリストで残していた。だからそれさえ見れば関わった時期や身元の詳細確認は可能であって、とは言え全員ワンナイト。以降の付き合いは一度もなくいちいちリストを見返す機会もない故に、この場で名前や家門を答えるのは困難だった。
「昔すぎて忘れてしまいました?」
「..........いや、思い入れがなくて」
「そうですか......」
ライラはなんの感情も抱いていなさそうな面差しで座っている。その心の内は一切読めず、暑くもないのに汗が出る。
「では初めて交際された方はどなたですか?」
「..............覚えてない。まず交際に至っていないというか..........」
ここでライラの表情に変化が出て、僅かに眉根が寄せられた。
「女性経験はあるんですよね」
「......それはまあ」
「50人?100人?」
「そんなにはいない!」
「では両手の指で足りますか?」
両手をぱっと広げてみせる。落ち着き払いつつも有無を言わせず吐かせようとする圧をひしひしと感じてしまい、意外と尋問官に適性があるのではないかと現実逃避じみた思考を頭の片隅で繰り広げる。
「......それは足りない。10人とちょっと..........」
「......そうですか。誰ですか?家門は?」
「............皆中流以上だが名前や家門の内訳は覚えていない。全員歳上だから君は多分知らないと思う」
「歳上以外とは関係を持たなかったと?」
「ああ」
「何歳上でした?」
「............10とか15とか。半数は未亡人だった」
「歳上が好みだったんですね。知りませんでした」
「!いや、そうじゃない」
「隠さなくても大丈夫ですよ」
「..........いや、都合があっただけというか...............」
ここまで聞いてライラは目を閉じ息を吐いた。
全員歳上で?
未亡人が多くて付き合ってなくてしかも相手が誰なのか覚えてない??
予想はしてたけど、完全に遊び人じゃない。
「最後に遊んだのはいつですか?」
もうはっきり遊びだと言ってやる。
「............一年.....いや一年半前くらいか.......」
つまり、私の成人の儀の少し前?
「その時のお相手とはいつお知り合いに?」
「..........パーティーの場だ。皆そうだった。言っておくが君と会ってからは誰ともそういう付き合いはしていない」
「そうですか」
「今関係のある女性もいない」
「........当たり前でしょう?」
悪気はないのだろうが倫理的に当然の話をあえてされたことで神経が逆撫でされ怒りの念が到来して、しかしアランを見ると叱られ途中の大型犬を彷彿とさせる目をして座っているものだから感情に任せた叱責はかろうじて思い留まった。
「子供はいます?」
「いない」
アランは遊び人だとわかられたのと緩まない追及に観念して言い淀むのも止めて答えた。
「そういう報せは一度もないし俺も充分気をつけていた」
「もし子供だと名乗る人が出てきたらどうするつもりで?」
「神力で確認する」
「できるんですか?」
「親子の場合神力の攻撃を無効化可能だ。神力を使う側に傷つけたくないという意志があればだが」
それは初めて聞く情報で、ライラは「へえ...」と空気にそぐわない間の抜けた呟きを漏らしてしまい慌てて取りなそうとしたが、アランが声量大きく「ごめん!」と言って頭も大きく下げたためにびっくりして固まった。
「ごめん!君と知り合うまで恋愛や真面目な付き合いをする気がまったく起きなかった。結婚は条件が合えば誰でも良かったし戦士で早く死ぬかもわからないから身の振り方も子供も正直どうでも良かったんだ。相当気をつけていたのは事実だが、万が一子供ができたとしたって慣習通りに引き取って妃との間の子として王宮で育てればいいとしか思っていなかった」
糾弾覚悟で立板に水をぶちまけるように正直に懺悔する。
「でも君と出会って意識が変わった。好きになる気持ちを知って自分はなんて浅薄な行いをしてきたんだと後悔した。君のことは本当に好きだ。結婚したいというのも本心だ。身命身使に賭けて遊びじゃない。どうか信じてほしい」
「................そうですか」
かたや侯爵家、かたや王族。身分を思えば「信じます」と可及的速やかに言って差し上げるのが礼儀なのだろう。
そう頭ではわかってはいたもののライラは気持ちの整理がつかず信じると告げることが出来なかった。隠し子がいた場合の扱いは想定内で、一般貴族の間でも聞かれる事例のため驚きはなかった。そもそも自分の子供すらぴんと来ないのに、他人の子供を育てるとなった際の感情についてまでは考えが及ばなくて、今時点での悲嘆や憎悪はなにもなかった。
ただ子供ができ得る接触を10人以上の女性と、たとえ遊びであったとしても過去に経験してきたという事実に沸々と嫉妬心が湧いてきて心はズキズキと痛んでいた。
アラン様は私よりも歳上で格好良くて華やかな世界の住人だから経験があるのは当然のこと。
でも顔も名前も覚えてない、愛してもいない人とどうしてそんな行為ができるの?リスクを冒してでも女性の体を求めるなんて、男の人の欲望とはそれ程までに強く激しく、抗えないものだというの?
表情こそ必死に消したが、心の痛みも煩悶も止まらなかった。
焦がれる金の瞳も熱情に駆られたキスも何一つ特別じゃない。誰かにしてきた行為を私にも同じようにしていたというだけ。
叶うなら唯一でありたかった。
他の女性をその美しい瞳に映さないでほしかった。
この高貴な人にそのような想いを抱く私は傲慢だろうか。
嫉妬とは違う、このどす黒い感情の正体は一体なんだというの。
「......アラン様、どうか頭を上げてください」
表情は消したまま、無理をして穏やかな声を出した。
今無闇に責めるのはやめよう。
少なくとも自分の中でぐちゃぐちゃと絡まりあっている感情が解けるまではなにも言わないでおこう。
「ずけずけと聞いてしまってすみません。大体わかりました。話してくださってありがとうございます」
「あ、ああ......」
それだけ?
アランの方は拍子抜けしてライラの静穏な瞳を見返していた。てっきり激しく責め立てられるか矢で射られるかと覚悟していたのに、ライラはなんでもない話を聞いたかのように取り澄ましてシャンパンを飲み、窓に視線を向けていた。その仕草はどこか興味なさげに見えてしまい、アランは疑問と不安を覚えて白い澄まし顔を眺めていた。
話して責められたかったわけではない。
でも普通怒ったり詰ったりするものじゃないのか?
なぜ君は他人事みたいに落ち着いていられるんだ。
ライラは静かに席を立ち窓辺に向かった。青い小鳥を見て囀りに耳を傾け物思いに沈もうとして、しかし小鳥ではなく窓ガラスに映る自身の悲し気な顔が目に入ってしまい瞬きを忘れて見つめ合った。
真顔、作りきれてないじゃない。
昔はもっと完璧だったのに、いつからこんな中途半端な表情をするようになったのかしら。
その答えは出せなかった。突如背にかかった重みに仰天し蹌踉めいて、自身を捕らえる腕を掴んだ。
「ちょっとアラン様!重っ」
「どうして責めない」
後ろから抱きしめるそれは抱きつかれていると表現した方が正しくて、ライラは窓の下枠に手を置いて体を支えた。
「ちょっ.....重いです」
けどじゃれているみたいでちょっと可愛いかも。
なんて考えている場合じゃなくて更に背が縮んでしまうと我に返り、のしかかる体を離そうとするが離れなかった。
「重いですってば!」
「答えてくれ。どうして責めようとしない」
「責めても過去は変わりません。それに気にしていませんし」
嘘、気にしないはずがない。
胸はズキンと苦しくなる。
「俺が君なら怒りや嫉妬で責めずにはいられない」
アランにはライラの態度が無関心の表れに見えてならなかった。知り合って日が浅いわけでも政略的に婚約したわけでもない。ライラにしてみれば初めての交際であるというのにあまりに割り切りすぎていると思った。
「それは人それぞれでしょう」
「なにも感じていないのか」
「そんなことありません。いい加減離れるかご自身でちゃんと立ってください」
アランはやっと抱きつくのをやめたが、
「好きだ」
「ありがとうございます」
「君は?」
「ひとまず席に戻りましょう」
「.....待てって」
壁に手をつき、窓辺を離れようとするライラの進路を塞いで足止めする。
「好きだ。君の気持ちを聞かせてほしい」
「なぜ?」
「.........................理由がいるか?」
もう、とライラは吐息をついた。さっきまでは私があれこれ問い詰める側だったのにいつの間にか立場が逆転してる。
「質問の意図くらい聞いてもいいでしょう?」
「返答がほしい。君が好きだ」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「.......................。」
「お気持ちは充分わかりましたから席の方に」
「わかってない!!」
突然の大声にライラは驚き飛び上がって、思いつめた金の瞳を見て瞠目した。一体どうしたのかと当惑していると肩に手を置かれて揺さぶられた。
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