ポケットの穴からこぼれ落ちる、硬貨と桜の花びらと夢の国(ポケットの中)

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 その直後、大きなブレーキ音が辺りに響き渡った。そしてキキキキーと言うブレーキ音の後に、ドシーンと言う鈍い音がした。  俺の周りにいたものたちの、視線の全ては車道に注がれた。  そして、オーディエンス(観衆)の悲鳴が上がる。  「あああー」  「ぎゃぁあ!!!!」  「助けろ!!」    けれど、俺の関心は麻衣にはなかった。  俺はポケットに視線を向ける。  上半身を起こし立膝になって、ポケットの中を覗いた。  ポケットの中を覗いて、一番恐れていた現実を見る。  「ああ……、潰れてしまった」  青い鳥は、潰れていた。  ポケットの中の青い鳥に触れる。  青い鳥は、俺に触れられて、ボロボロと崩れていく。崩れた側から、桜の花びらに姿を変えていく。  「ああ。俺の青い鳥が……」  花びらに姿を変えた青い鳥は、サラサラと俺のポケットの穴から漏れ出ていく。  小銭が逃げたように、俺の幸運が、ポケットの穴から逃げていく。  ポケットの穴から出た桜の花びらが、ヒラヒラとこぼれて舞い上がる。    こぼれた花びらは、宙に舞い。  更にと空に向かって浮き上がっていく。  いつしかアパートの3階よりも高く昇り、1つにまとまっていく。  1つのまとまって、桜色から青色に変わり、その塊は鳥になる。  俺は、唖然と青い鳥を見つめた。    そんな俺の背後で、熱り立った一部の観衆が叫ぶ。  「アイツを捕まえろ」  「あそこにいるアイツが犯人だ!」  俺の周りを果敢な猛者が囲み、その周りを更に群衆が囲む。    見ず知らずの猛者たちに、俺は抵抗も出来ず殴られる。脳を揺さぶる痛みと共に、鼻の奥と口の中に、鉄の味と匂いが広がる。  血まみれ俺は、抑え込まれて地べたに横たわる。    そんな俺を、見知らぬ撮影者たちが動画や写真に撮る。  撮られた動画や写真は、SNSにアップされていくのだろう。  俺はSNSのノイズの渦に、吸い込まれようとしている。  サイレンの音が、微かに聞こえてきた。  それでも俺の視線は青い鳥に向かう。    青い鳥は俺の様子を観察するように、しばらく俺の視線の先の空を旋回していたが、気が済んだのか東へと向かっていく。  俺は青い鳥を目だけで追う。青い鳥は風に乗って飛び、小さくなっていく。    だんだん小さくなり遠ざかって行く青い鳥とは対象的に、どんどんとサイレン音は大きくなって近づいてくる。  サイレンの音は、まるで青い鳥を見送るファンファーレのようだった。    演奏を盛り上げる演出の如く、突如吹いた一陣の風に、地べたに敷き詰められたピンクの花びらが散らさせて、青い空に舞った。  花びらの紙吹雪に紛れるように、青い鳥は俺の視界から完全に消え去った。それと同時に、にぎやかな演奏も俺の直ぐ側で止んだ。      ポケットの穴からこぼれ落ちた幸運は、ファンファーレの終演と共に去っていき。  夢の国への扉は閉ざされた。      ――fin――
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