ポケットの穴からこぼれ落ちる、硬貨と桜の花びらと夢の国(ポケットの中)

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ポケットの穴からこぼれ落ちる、硬貨と桜の花びらと夢の国(ポケットの中)

 俺ら4人が、駅前通りにあるレンタルスタジオを出ると、人通りはまばらだった。  時間は既に23時を過ぎていた。  東野が携帯をみる。  「悪い、彼女が部屋で待っているんだ」  加藤が言う。  「俺はバイトだ」  東野と加藤が足早に消えて行く。  その様子を、残された俺と金井が、並んで見つめる。    二人を見送りながら、金井が俺に言う。  「俺たちも帰るか?」  俺と金井のアパートは近くて、駅の向こう側にある。  「ああ」と俺が言い。  俺たちは駅の方向に歩いていく。    歩きながら金井が言う。  「俺たち、もうロックバンドを組んで5年だろう?」  「そうだな」  「そろそろさぁ、潮時かなって思うんだよね」    金井の”潮時”という言葉に、俺はドキッとする。    「潮時……、金井は、バンドを辞める気なの?」  金井は、辞めるとは明言しない。  「俺たちさぁ。高校からバンドを組んできたけど、人気も出ないしさ。この春で大学4年になるし。就活もあるしさぁ」  金井が、並んで歩く俺を見た。    金井の顔を俺は、見返すことが出来なかった。ただ下を見ながら歩いた。    金井は俺の横顔を見ながら、俺の言葉を待っているようだった。  けれど俺は、言葉を返さず、ただうつむいて歩いてしまう。  金井は俺の横顔に、また喋り始める。  「東野と加藤も、趣味って割り切って、就活を頑張りたいって」  俺は、俺の知らない場所で、そんな大事な話がされていた事にショックをうける。しかも3人の意見は、既に結論が出ている。    俺はなんとか、喉から口へと言葉を押し出す。  「そんな話を、お前たちはしていたんだ……」    金井の声は沈んで聞こえた。  「住吉は、俺たちと違って、結構本気度高いからさ。みんな住吉に言い辛いんだよ」  「そうかな……。俺と金井たちは、違うのかなぁ」    俺は、金井の言葉を反芻する。  ――本気度が違うからさ――    金井が提案してきた。  「明後日のライブで、活動を一旦止めないか?」  俺は具体的な申し出に、動揺して立ち止まった。  金井も止まる。    俺は、金井を見ることが出来なかった。  地面だけを見ていた。  金井が言う。  「バンドはさぁ。趣味として、割り切らないか?」    3人の中で、具体的に話が決まっていたのかと、更に俺はショックを受けた。知らないのは俺だけだった事実がとても辛く感じた。俺は自分の愚かさを実感した。  けれどこんな愚かな俺でも、この日が遠くないことは知っていた。ここまで決めている3人に、抗う術がない事も知っている。  だから俺の返せる言葉は、1種類しかない。  「良いよ。そうしよう」  同意という種類の言葉だ。  「あ、良かったァ。もしゴネられたらどうしようかって思っていたんだ」  俺は顔をあげて、金井を見た。金井の弾むような声に、表情も見たくなったからだ。金井は顔の筋肉が緩み、全身の力だ抜けているようにみえた。    金井も、正面から俺を見つめた。俺の表情を見て、金井の顔つきがみるみる変わる。そして再び金井の顔に力が入っていく。  俺は堪らず言う。  「俺、悪いけど、用事を思い出したわ。金井、先に帰ってくれよ」  金井がうなだれる。  「ごめん……、住吉」  その表情に、俺は申し訳なさを感じた。  ――金井は優しくて良いやつだから、俺にバンド活動の休止を伝えるキツい役目を引き受けて、言いにくい事を金井は頑張って俺に伝えてくれたんだ――  金井を困らせたくなかった。    俺はできるだけ朗らかに言う。  「謝るなよ。知っている。金井はいいヤツだって。金井を困らせたりしないよ」  金井は「ありがとう」と言った。 俺は明るく笑って言う。  「じゃぁ、また。最後のライブまでは頑張って行こう」  金井に背を向けて、足早に歩き出す。    金井が俺の背中に言う。  「最後のライブまでは頑張るよ」  俺は金井の言葉に、振り返りもせず、ただ片手を肩くらいまで上げて、言葉の代わりにした。  金井と別れて、駅の反対方向に向かって歩く。  ただ歩いた。  訳もなく歩いた。  夜の街を、どのくらい彷徨ったか分からない。  俺はさまよい、歩き続けた。  ただただ宛もなく、歩き回って……。  
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