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過去編 後悔1
最近、街を歩いているだけでも視線が怖い
電車に乗ってると後ろから尻を触られる日もあった
人通りの少ない帰り道、路地裏に連れ込まれそうになった
家のドアノブに白い何かを掛けている日もあった
変な手紙や写真がポストに入っていたのは、1度や2度じゃない…
安全なはずの家なのに、いつ誰が、扉を開けて入って来るのかと怯える日が続いた
「凪さん、体調悪そうだね。ちゃんと休んでる?」
同僚の男の視線が気持ち悪い
ワザとらしく触れて来る手が妙に生暖かくて、そっと払い退ける
「最近ちょっと疲れてるだけだから…大丈夫、週末くらいはゆっくりするよ」
自分のパソコンを見ると、チャットの着信がある
開くと動画が添付されており、何か嫌な予感だけがする
チャットの送信相手は、部長のようだ
『後で話がある』
チャットの文を見て、背中に嫌な冷や汗が流れ落ちるのがわかる
部長の机の方を見やると軽く頷いて手招きされた
さっきから嫌な予感がする
添付されていた動画を確認することなく、席を立った
誰も使ってない会議室
部長に呼ばれたオレはさっきから張り裂けんばかりにドクンドクンと鳴っている心臓のせいで周りがよく聞こえない
「凪くん、聞きたくはないんだが…先程の動画は確認してくれたかな?」
部長の手にはスマホが握られており、オレに見えるように画面を向けている
『んやああぁっ!そこっ!もっ、やめっ!!イ"グッ!イ"グッ!?』
聞き覚えのある声
普段よりも甲高く、艶めかしい声で鳴いている
画面には腰に蝶のタトゥーが入った男が2人の男に犯され、嬉しそうに嬌声を上げている動画が映し出されていた
あからさまな溜息を吐き出し、オレを軽蔑した目で見てくる
「このnagiという彼に見覚えはあるかい?」
「はぁ…はぁっ…えっ、と…」
ドクンドクンと鳴る心臓の音がうるさい
自分の呼吸音がうるさい
意識を失いそうになるのを拳を握り締めて堪える
爪が手のひらに食い込み血が滲む
「人の趣味をとやかく言うつもりはないが、この動画に映る人物と君がよく似ていると噂になっている
こんなコンプライアンスに引っ掛かる行為をしている君を、このままにすることは出来ない」
否定も肯定もできず、ただ俯いたまま何も答えることが出来なかった
「第二の性がSubである君が、こう言う行為を好んでいるのはわかるが、2度とこういうモノが出ないように…ただ、キミの今後については、追って通達が来ると思うが今は仕事に戻りなさい」
先に出て行った部長を見送り、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまう
どうしよう…見られた…
誰に、どこまで…
なんで…どうして…
まだ部長だけ?
噂って……
みんな、知ってる?
どうしよう…
彼のこともバレた?
どうしよう…
隼人さんに相談しなきゃ…
隼人さん、助けて…
血が滲む程指先を噛み、ぐちゃぐちゃで纏まらない思考をフル回転させる
「まだ、大丈夫…きっと、部長だけ…今なら、きっと、きっと誤魔化せるはず…」
自分に言い聞かせるようにブツブツ呟きながら、少しでも落ち着こうと顔を洗いにトイレに向かった
給湯室で何人かの話し声が聞こえ、見つからないように慌てて隠れる
「アノ人、やっぱソッチの気あったんですね~」
「あの動画とか誰がリークしたんですかね?」
「アノ人、今日も普通に出社してましたけど、やっと部長に呼び出されたってことは、通告受けたんじゃないですか?」
「瀬名さんとか狙われてたんじゃないですか?よくペア組んでたし」
「辞めろよ気持ち悪い。確かにプログラミングの腕や仕事振は買ってるが、ソッチの気は俺にはないわw
ってか、俺には今、めっちゃ可愛い彼女兼パートナーがいるしな」
最後に聴こえてきた声の相手に息が止まりそうになる
「瀬名さん、取引先の社長に気に入られて娘さん紹介されたんでしたっけ?
逆玉じゃないっすか、マジで羨ましい!?やっぱり、出来るDomはモテますね~」
「今度その彼女と彼女の友達とか紹介してくださいよ!」
自分の呼吸がうるさい
周りの声がうるさいっ
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪いっ…
「あ、凪…居たのか……」
今、一番抱き締めて欲しかった相手が目の前にいる
全てを曝け出して、泣き付きたい相手
オレの、唯一のパートナー…
駆け寄りたいのに、先程話しをしていたメンツが居て何も出来ない
「話し聞こえてたんだろ?わりぃーけど、俺はソッチの趣味ないから
これ以上関わってくんなよ」
思っても見なかった言葉
冷め切った射殺さんばかりの冷たい視線とグレア
退けと言うように肩にぶつかり、蹌踉めくオレを無視して去っていく
壁にもたれ掛かり、震える足でなんとか転倒は免れたものの、どうすることも出来ない
ここに居ることすら怖くて、その場から逃げるように会社を飛び出した
家に帰ろうにも、鍵の入った鞄は会社の机の下
スマホも財布もない状態に溜息が出る
唯一持っているのは社員証と上着のポケットに入っていたパスケースのみ
何やってんだろ…
会社には、戻れない…
家にも入れない…
このまま…消えた方が…
いつの間にか、マンションの近くまで歩いて帰ってきていた
まだ外は明るく陽も高い、人通りも多い
子どもの学校が終わる時間なのか、元気な声がする
こんな時間に帰って来ることなんてないから少し不思議だった
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