トラウマ

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トラウマ

忘れたくても、忘れられない 思い出したくない、忘れ去ってしまいたい 一番会いたくない人 もう二度と、会いたくない人 あの人の声で名前を呼ばれ、ビクッと身体が反応してしまう 振り返らなくてもわかる Domである、あの人特有のグレア 突き刺すようなグレアに、身体が震えて止まらない 今まで感じていた幸せが凍りつくような、突き刺すような嫌な感じ 耳の奥で、幸せが崩れ落ちる音が聞こえた気がした… 「…凪だろ?」 震える手でフォークをお皿に置く 確認したくないのに、この声に逆らえない 振り返りたくないのに、無視することへの恐怖で身体の震えが増してしまう 恐る恐る、ゆっくりと振り返る 間違いであって欲しい 人違いであって欲しい そんな、細やかな願いは簡単に崩れ落ちた そこには、居て欲しくないと思いつつも、予想した通りの彼が勝ち気な嫌な笑みを浮かべて立っていた 「やっぱりな。名前を呼んだんだからさっさと反応しろよ」 さっきから冷や汗が止まらない 指先に血がいってないように冷たくなり、カタカタと小さく震えてしまう 「まぁいいわ、お前、今なにやってんの?なんか、いい服着させて貰ってるじゃん」 いつの間にか真後ろにまで来られ、両肩に手を置かれる ビクンッと身体が跳ね、止めたくても震えが止まらない 小さく震えながら出来るだけ顔を見ないように俯く 「凪~? Say(言え)、今誰に飼われてるんだ?」 Domのコマンド こんなところで、こんな…人通りのあるところで… 口をギュッと噤み、嫌だと言うように首を横に振る Domからの命令(コマンド)を拒むことによる拒絶反応と恐怖から心臓がバクバクと煩い 「い…言わない…。アンタには…関係、ないから…」 肩を掴んでいる手の力が強まり、爪が食い込む 痛みに顔が歪み、逃げ出したいのに身体が動かない 「はぁ…、なら後でゆっくり聞いてやる。 Come(来い)」 グレアを放ちながらのコマンドに、目の前が暗くなってくる 嫌だ…嫌だ…嫌だ… 颯斗(ハヤト)颯斗(ハヤト)… 頭では拒み続けるも、身体は自分の意思とは反対に、震えながらも椅子から立ち上がり、彼の言われるままに付いて行こうとする 「颯斗(ハヤト)……たす、けて…」 涙ながらに出た声は、消え入りそうな程小さく、誰の耳にも入らなかった 「瀬名さん、俺の連れに何か御用ですか?」 助けを求めていた彼の声に弾かれたように目を見開き、縋るように顔を上げる Sub Drop寸前で目の前が暗くなってしまっていたのに、颯斗(ハヤト)の声を聞いただけで少しだけ目の前が明るくなったように感じる あの人の腕を振り払い、必死に颯斗(ハヤト)の声が聞こえた方向に逃げる 恐怖とコマンド(命令)を無視したせいか、脚がもつれて言うことを聞かない 倒れそうになりながら、見えない光に縋る 「晴臣さん、大丈夫。俺は此処にいるよ。大丈夫、大丈夫だから…ゆっくりでいいから、呼吸して…」 颯斗(ハヤト)の心配そうな声を聞き、自分がずっと呼吸を止めてしまっていたのに気付く 優しいのに、強く抱き締められる感覚と、颯斗(ハヤト)の匂いに、やっと息を吐き出すことが出来た 「ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ… 颯斗(ハヤト)…、颯斗(ハヤト)…」 「ごめんね、遅くなっちゃって…」 縋り付くオレを振り払う事なく、宥めるように優しく何度も背中を撫でてくれる それだけでも、さっきまでの息苦しさが幾分かマシになっていく 「一条さん…、いえ、元部下を見つけたので挨拶してただけですよ」 手を広げて何もしていないというように、表面的には愛想のいい笑顔で答えてくる 「凪、お前がいきなり辞めたせいで色々大変だったんだぜ。先方にも迷惑を掛けたし、その尻拭いの為に謝罪に走らなきゃいけなかったんだからな」 何気ない会話のように話して来るが、言ってることは明らかに責めている 「瀬名さん、そのお話は今必要ですか?晴臣さんは今、俺とデート中なんで話しはまたの機会があれば、でお願いします」 颯斗(ハヤト)は笑顔だけど、いつもオレに見せてくれるみたいな優しい感じがなく、どこか冷たい グレアも出しているのか、ヒシヒシと緊迫した恐怖を感じる オレ自身にグレアが向けられているわけじゃないのに、身体が震えてしまう 「それは気付かずすみませんでした。 凪、またな。今度は二人っきりで前みたいに会おうか」 わざわざ近付いて来て、耳元で言ってくる 彼の顔など見ることも拒否することすら出来ず、颯斗(ハヤト)の服にしがみつく手を強めることしか出来なかった あの場からどうやって帰ってきたのかわからない Sub Drop寸前で足元も覚束ず、視野も狭くなっていた 颯斗(ハヤト)のお陰で、Sub Dropに完全に堕ちることはなかったものの、全身の倦怠感を拭うことができない 颯斗(ハヤト)もずっと機嫌が悪いのか、道中ずっと何も喋らなくて、手を引かれるままに無言で帰ってきた 「ごめん…」
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