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謝罪
「晴臣さんを知ったのは、俺が高校2の時だよ
うちの親の会社…、晴臣さんが働いていた会社の親会社に当たるのかな。そこの視察に俺も同行したことがあるんだ」
颯斗の落ち着いた声を聞きながら、当時のことを何となく思い出す
まだ隼人さんと付き合う前
オレの片想いの時くらいだったと思う
本社からお偉いさん方が視察に来るってなって、こんな子会社になんの用だ?ってちょっとした噂になっていた
なんか、学ランを着た高校生くらいの子も居た気はするけど…あれが颯斗だったんだな…
上司と他部署の人間は、お偉いさん方への対応に当たっていたけど、オレの部署はそれどころじゃなかった
納品したデータがいきなりエラーが出たとかで、前日の夜からエラーの修正とバグの修正とテスト
徹夜で復旧作業に明け暮れていた
隼人さんが担当していたお客ってこともあって、めちゃくちゃイライラしてて…オレ以外にも当たりがきつかったのは覚えてる…
アレが本性だったんだろうな…
ホント、オレは見る目がない…
「あの時に、周りが慌てふためいてるのに、1人静かに、的確に作業する晴臣さんが気になったんですよね
遠目だったし、はっきり顔を見たわけでもないのに…
誰かもわからない、なんの仕事をしてるのかもわからない。
でも、どうしても気になってしまって…。
多分、一目惚れだったんですよ。初恋が一目惚れだったから、印象に残ってるのかな…
後で開発の方だと知り、プログラムについて勉強するようになって、コードを沢山読むようになってからはちょっとした憧れの人だったんですよ
あの人の役に立ちたい。一緒に仕事をしたい。そんな夢を持ってました。
『ハル』って名前はその時に読んだコードで、印象に残ってる人の名前。この人みたいな一切の無駄のないコードを書けるようになりたいって目標だった人…
まさか、『ハル』が晴臣さんと同一人物だったなんて…
わかった時は浮かれちゃって、もっと晴臣さんのこと甘やかしたくなっちゃった」
どこか興奮しながらも、照れて嬉しそうに話す颯斗をつい可愛いと思ってしまう
それと同時に、オレのことを褒め散らかすから余計に恥ずかしくなってしまう
今まで、好きでプログラミングはしてきたが、褒めて貰えたことなんてなかったから…
コードも、オレなんかが書いたやつなんて、誰も気にしてないと思っていたから…
著作権があるとはいえ、自分のが勝手に使われていてもわからないし…
気にしたこともなかった…
「晴臣さんの名前を知ったのは、そのずっと後…
社内で変な噂を聞いたんです。」
変な、噂……
噂じゃなくて、事実のアレだろうな…
無意識に表情が歪んでしまう
颯斗がそれに気付いて、抱き締めてくれ、何度も顔中にキスを落として落ち着かせてくれた
「噂の出所はわかりませんでしたが、その…動画に映っていたのが晴臣さんだと言うことはわかってしまったんです
だから、厳重注意と多少の処罰を…と決定が降ったのですが…
晴臣さんは、その前に……」
言いにくそうに話す彼に、「大丈夫だから」と小さく告げる
「晴臣さんが退社した後は…大変でしたよ
あの会社、晴臣さんに頼り過ぎていたのか、質が一気に下がった上に納期の遅れ、バグの解消不可、業績低下に離職率の向上
自分達が切り捨てた相手が、どれだけの仕事をしていたのかわかってなかったんですよ…」
聞いているオレよりも、颯斗の方が泣き出しそうな顔をしており、そっと頬を撫でる
「晴臣さんをあの公園で見付けたのは、本当に偶然なんです。
公園に入って行く姿を見て、視察の時に見たあの人じゃないかって…
あとは、無我夢中だったんで…
ここで捕まえないと、もう2度と逢えない気がして…
余裕なんてなくて、合意もなくPlayをしてしまってごめんなさい」
あの日、あの時に颯斗に出逢わなければ…
オレはどうしてたんだろう…
本格的な冬が来たら、どこかの道で凍死してたかもしれない
誰かに殺されていたかもしれない
施設に入るつもりはなかった
早く死にたいと思っていたから…
このまま、消えたいと思っていたから…
「オレは、颯斗に見付けて貰えたのを感謝してるよ…
翌日、さっさと出て行くつもりだったのに…お前のこと、ちゃんと待ってたんだから
多分、最初から颯斗に惹かれてたんだろうな…」
改て言葉にすると恥ずかしくなってしまう
でも、この気持ちだけは伝えたくて
「颯斗、オレを見付けてくれてありがとう」
照れ臭くて、声が小さくなってしまったけれど、確かに颯斗には聞こえていて
「晴臣さん、愛してます。
これからは、絶対に俺が晴臣さんを守るから。誰にも傷付けさせないから…
晴臣さん…瀬名さんのこと、どうしたい?」
さっきまで甘く囁くような声だったのに、急にグレアも漏れ出す程冷たい声になり
「晴臣さんが、今は許してるって言っても、俺は許せそうにないんだ…
可能なら、今すぐ殺してやりたい…」
物騒なことを真顔で言う颯斗に、背筋に冷たいものが流れ落ちる
「颯斗…」
「晴臣さん、ごめんね。怖がらせちゃって…」
オレの頬を優しく撫でてくる手が冷たい
オレ自身も微かに震えてしまって、温もりを分かち合うように抱き締める
「大丈夫だから…
颯斗は、調べてるんだろ…?隼人さんのこと…」
今日まで考えないようにしていたこと…
忘れようと思っていたこと…
この街に居座ってしまったから知ってしまったこと…
自分の中にある、醜く、ドス黒い気持ち…
「晴臣さんは、どうしたい…?」
颯斗の声が、優しいのに残酷に響く
「オレは………」
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