chapter:1.嫉妬

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「温泉はいきましたけど、俺は……俺も全然そんなことないです。選ぶところか選ばれもしない。彼女には振られました」  「……そうか悪かったな。変なこと聞いて……」  箱崎があまりにも申し訳なさそうな顔をするので伊織はあえて明るく笑い飛ばした。 「アハハ、いいんですよ。あそこが立たなくてフラれたなんて笑い話にもなりません」  結局彼女とはそれっきりだ。 院内で鉢合わせることもあるが目も合わせてこない。だが、これくらい分かりやすく関係を断たれた方が面倒でなくていいのかもしれない。そう伊織は思っている。 出来ないのに関係を継続され何度も求められたりする方がよほど辛い。 自分が欠陥品だと思い知らされた挙句、被害者ぶった女に捨てられる。そんな経験を何度か繰り返していると女性に対して何の感情も抱けなくなってくる。 「ていうか、セックスってそんなに重要ですか? 俺、したことないからわからないんですけどね。女の人ってなんであんなにやりたがるんだろ」  自分が求めないからかもしれないが、いつも女性から誘われる。しかもかなり熱烈に。 「おいおいなにいい出すんだよ」  箱崎がギョッとした顔で伊織を見た。 「永井君、かなり酔っぱらってるね。水もらおうか」  言いながら伊織の手からグラスを掴み取る。 「べつに、酔ってませんから! それ、返してください」  箱崎に取り上げられたグラスを取り返すと一気に飲み干した。 「教えてください先生。欲情するほど好きな女に出会ったことないんですよ。人として好きでも立たないんですよ。だったら側にいるだけでもいいですよね? でも、それじゃダメなんですよね? 先生は奥さんとセックスしてます? 毎日ですか?」  別テーブルの女性二人組が怪訝そうな顔で伊織を見た。箱崎の指が伊織の唇に押し当てられる。 「しっ! 永井君、少し黙ろうか」  仕事中なら従っていただろう。だが、「黙れません」と、伊織は首を横に振った。 「俺、奥さんがうらやましいです」 「何を言い出すんだ。永井君、話ブレて……」 「ブレてません! 家で先生をひとり占めできるなんてずるい……先生の隣に立つのは俺のはずなのに、横取りされた気分ですよ」 「横取りって……」  話の通じない伊織に箱崎は感嘆の息を漏らし、「先に失礼するよ」と同僚たちに告げた。 財布から一万円札を数枚抜いてテーブルに置きおもむろに立ち上がる。 「え、先生ぇ……」 怒らせてしまったと伊織は思った。 箱崎の顔を仰ぎ見ると表情は険しい。帰ってしまう。自分のせいで。 伊織はじわりと涙をにじませる。 「ほら、君も立って!」  一瞬、何を言われているのか理解が追いつかなかった。 「お、俺も?」  伊織はきょとんとした顔で箱崎を見上げる。 「そうだ。いいから早く立て」  いいながら伊織の腕を掴むと強引に立ち上がらせ、ビアガーデンを出た。
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