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chapter:2.秘愛
外に出ると湿度を含んだ空気が身体に纏わりつき否応なしに汗が噴き出してくる。体温が高い伊織に肩を貸していると尋常じゃない暑さだ。
「永井君、しっかり立って。じゃないとさすがに僕も支えきれない」
伊織の身長は箱崎より十センチ低い百七十四センチだが、筋肉質で体格がいいので細身の箱崎には抱きかかえることは難しい。
「分かってますよ、先生~俺、酔ってませんからね。大丈夫っす」
「全然大丈夫には見えないが……」
足元がおぼつかない伊織の肩を支え、箱崎はスマホを取り出すと配車アプリを立ち上げてタクシーを呼んだ。
「永井君、タクシー来たぞ。ほら、乗って」
五分ほどして到着したタクシーの後部座席に伊織の体を押し込んだ。
運転手は迷惑そうな表情を隠さない。
無理もない。こんなに泥酔した男性客を乗せるのは避けたいのが本音だろう。
「どちらまで行かれますか?」
そう尋ねられてハッとした。伊織の住まいはどのあたりだろう。
「永井君、どこに住んでる? おい、永井君聞いてるか?」
「ん~、なんれすか先生」
目を閉じたままで伊織は答えた。
これは完全に聞いていないやつだ。
「だから、家はどこだ? 言わないと帰れないぞ⁈」
行き先を告げず泥酔状態の伊織の肩をゆすった。するとそのまま座席に倒れ込み寝息を立て始めてしまう。
「ああ、もう。仕方ないな……」
箱崎は伊織の体をずらして隣に乗り込んだ。
「お待たせしてすみません、運転手さん。中央区まで行ってください」
箱崎は自分のマンションの住所を告げる。
連れて帰るしかないだろう。
酔いが醒めるまでどこかで時間をつぶすという手もあるにはあるがまた騒がれても対処に困る。上司としての責任が――いや違う。
いつも明るく前向きで元気で、悩みなどないようにみえた伊織にも秘めた悩みがあった。意外過ぎる一面を垣間見て庇護欲が掻き立てられたのかもしれない。
「君がこんなに酒癖が悪いなんて驚いたよ」
伊織の汗で張り付いた前髪をそっと分ける。みると眉間にしわが寄っていた。太く意思のある眉毛。くっきりとした二重の目。高くて大きめの鼻。血色のよい唇。
雄の魅力を存分に兼ね備え女性を引き付ける彼が童貞だったなんて。
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