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「お客さん、着きましたよ」
窓の外に視線を向けるとマンションの前だった。伊織に気を取られて気づけなかった。
支払いを済ませると伊織をゆすり起こす。
「永井君、起きろ。降りるぞ、ほら」
「んー、ここどこですか?」
返答はするが目が開いていない。箱崎は伊織の肩を押して上半身を起こした。
「僕のマンションだよ」
「……マンション? 先生の~?」
「そうだ。いいから降りろ」
引きずり出すように伊織をタクシーから降ろすと、彼の肩を抱いてエントランスへ歩き出す。
すると伊織がぴたりと足を止める。
「ちょ、待ってくらさい! いいんですか?」
「なにがだ?」
「奥さんが嫌がるんじゃないですか? こんな酔っ払い連れて帰ったら怒りませんか?」
酔ってはいても言うことはまともだ。彼は本音の部分でも律儀な男なのだろう。
「平気だ」
「いや、でも俺帰ります。……でもちょっと待ってくださいね。いまめっちゃ気持ち悪……」
「おい、大丈夫か永井く……ん!? うわっ」
伊織の吐物を腕にひっかけていたジャケットで受け止める。
被害は最小限に抑えられたがお互いすぐにでもシャワーを浴びなければいられない状態であることは間違いない。
「すみません、先生」
「仕方ないさ、とにかく中に入れ。歩けるか?」
さすがに伊織も帰れないと思ったのだろう。さっきまでの遠慮した態度とは明らかに違う。
「はい……」
よろよろとついてくる伊織を気遣いながらオートロックを解除してエレベータに乗り込む。
深夜であることが幸いし、住人と出くわさなくて済んだ。
玄関のドアを開け、電気をつける。玄関に座り込んでしまった伊織を気にしつつ汚れてしまったシャツを脱いでキッチンでゴミ袋を取り出し汚れたジャケットを入れた。
それから冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取って玄関に戻るとふたを開け伊織に渡す。
「ほら水だ。まず飲め」
のろのろと口に含み、ゴクリと飲み込む。口角から漏れた水が胸元を濡らした。
「飲めたか? 次は風呂だ」
「や、でも。お風呂借りるなんて申し訳ないです……汚れちゃう」
伊織は大変恐縮した様子でそう言った。彼の気持ちもわからないではないがさすがにそのままにはできない。
「申し訳ないと思うならせめてその吐物と汗まみれの体を綺麗にしないか? このままベッドへ行きたいというなら君の体調を考慮するが……」
「……そうですよね。お風呂、お借りします」
箱崎は伊織を風呂場へ案内すると、タオルとバスタオルを出してやる。
「着替えは後で持って来るから。ひとりで入れるな」
「はい。多分……大丈夫です」
ああこれは、大丈夫じゃないやつだ。上着も脱げそうにないじゃないか。
「脱がすぞ」
「ありがとうございます」
「世話が焼ける……」
箱崎は嘆息すると伊織のシャツの裾に手を掛ける。すると伊織は両手をバンザイの形に上げた。
「子供みたいだな」
「……すみません」
露わになった上半に視線を奪われる。日焼けして張りのある肌。引き締まり6つに隆起した腹筋。縦型の臍、そこから薄らと下に向かって生えている体毛。
箱崎はゴクリと喉仏を上下させた。
仕事柄、男女問わず体を診る機会は多いがこれほどまでに扇情的な身体は見た事がない。否、普段は患者というフィルターを通してみているからなんとも思わないのだろう。
もし、白衣を着ていても、彼の裸体を目の当たりにしたら理性を保っていられるか自信がない。
「ここからは、ひとりで出来るな!」
脱がせたシャツを洗濯カゴに投げ入れ、箱崎は風呂場から出た。
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