7. 腹黒社長の卑怯な独占

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7. 腹黒社長の卑怯な独占

 結論から言うと、僕の秘書は最初から正真正銘の女性だった。  コルネリアから聞いた話はこうだ。  元々は兄のアルマンドが秘書になる予定だったが、アルマンドは「自分探しの旅に出たい」と言って家を出て行ってしまった。  この時点でもうおかしいのだが、妹のコルネリアもなかなかおかしかった。  彼女は兄の代わりに秘書になろうとしたが、独身男性の秘書が若い女性なのはマズいのではないかと思い至り、ならばと髪を切りって男装し、兄アルマンドに成りきって僕の秘書を務めていたのだという。  コルネリアがさっき皇女に「我が家はそのような些細なことは気にいたしません」と言っていたが、たしかにこれほど突拍子もない子供たちを抱える家なら、皇女が神官の子供を身籠るくらい、なんてことないかもしれない。 (それにしても……)  事の経緯を理解した僕は溜め息をついた。 「全然気づかなかった……なんてことだ……」  自分の見る目の無さに愕然とするが、ということは、アルマンドにドキドキしていたのは別に異常なことではなかったのだと思って安心もする。  こちらに向き直って姿勢を正したコルネリアが僕の目を見つめる。 「私に秘書が務まるか不安もありましたが、やってみたら案外性に合っていまして、とても楽しかったです。このまま秘書の仕事を続けられればと思っていたのですが……」  そうして、寂しそうに微笑んだ。 「正体がバレてしまっては、秘書は続けられません」  そんな。  コルネリアが……アルマンドが、僕の秘書を辞めてしまうなんて。  僕はコルネリアの手をガシッと握りしめた。 「ダメだ、君みたいに優秀な人なんてなかなかいない。それに君だって本当は秘書の仕事を続けたいんだろう?」 「そ、それはそうですが……」 「そもそも、君が女だと知っているのは僕だけだ。このままアルマンドとして仕事を続ければいいじゃないか。君の正体がバレないように僕も協力する」 「えっ、よろしいのですか……?」 「もちろん」  僕の反応が予想外だったのか、コルネリアが驚いたように目を丸くする。 「だから、秘書を辞めるなんて言わないで、明日からもまた僕を支えてくれないか?」 「……はい、承知いたしました」 ◇◇◇ 「おはようございます、ジェラルド様。こちら、本日の予定表でございます」  コルネリアは、今日もアルマンド(・・・・・)として秘書の仕事をしてくれている。  僕はまた彼と仕事ができるのが嬉しくて、にっこりと笑い返す。 「ありがとう、アルマンド」 「いえ、こちらこそありがとうございます。ジェラルド様の寛大なご配慮に感謝いたします」 「はは、優秀な人材を簡単に手放したくはないからな」  僕は爽やかに笑って、今日の予定表に目を通す。 (──優秀な人材を手放したくないのは本当だ)  でも、それだけじゃない。 (だって、アルマンドがコルネリアに戻ってしまったら、有象無象の男たちが殺到するに決まっている……!!)  きっとコルネリアは相手にしないだろうが、そんな奴らの目に触れることすら、僕は許せそうにない。  だから、コルネリアが僕以外の男に狙われることのないよう、もうしばらくアルマンドのままでいてもらうのだ。  いつか僕がコルネリアを振り向かせて、婚約者になってもらうその日まで。 (本当に欲しいものを手に入れるためには、手段を選んではいられないからな) 「あ、アルマンド。ネクタイが曲がっているぞ」 「えっ、失礼いたしました。……ですが、あの、ジェラルド様」 「ん? なんだ?」 「ネクタイを直していただけるのはありがたいのですが、ちょっとお顔が近すぎる気が」 「ああ、最近疲れ目のせいか、顔を近づけないと見えにくくて。仕方ないんだ」 「左様でございましたか」 「ほらできた。じゃあ、朝の会議の準備を頼む」 「かしこまりました」  予定表を確認するフリをしながら、てきぱきと仕事に励むアルマンドをこっそり眺める。 (できれば早く相思相愛になりたいところだが……)  この距離感もなかなか悪くないなと、僕はひとり微笑んだ。
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