1. 僕と秘書

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1. 僕と秘書

 僕は、ジェラルド・フランツィーニ。  由緒正しきフランツィーニ侯爵家の嫡男であり、王都一の商会と名高いフランツィーニ商会の若き社長だ。  高位貴族の地位に、歴史ある家門という名誉、そして商会の売上や投資による莫大な資産を手中に収める僕は、いつも人々の話題の的だった。  誰もが僕に憧れ、(うらや)み、あわよくば利用しようと目論んで、にこにこといかにも善良そうな笑顔を浮かべて近づいてきた。 「やあ、ジェラルド君。そろそろ婚約者を持つ気はないかね? ちょうど最近ワシの孫娘が社交界デビューをして……」 「それはおめでとうございます。ただ、あいにく今は仕事に打ち込みたいと思っておりまして。では、次の予定がありますので失礼いたします」  こんなときは、僕も人好きのしそうな爽やかな顔で笑い返す。そして適当に返事をしてあしらうのだ。心の中で舌打ちをしながら。 (婚約の話もいい加減うんざりだ……) ◇◇◇ 「今日はピッグス伯爵から婚約を勧められそうになったから急いで逃げてきたよ。お孫さんが社交界デビューしたとかで」  パーティーを中座して商会の執務室に戻った僕は、輸入ものの革張りのソファにドサリと座って、秘書のアルマンドに愚痴った。  アルマンドは特に表情を変えることもなく、「左様でございますか」といつも通りの返事をする。 「では、ピッグス伯爵家に何かお祝いの品をお贈りしておきます」 「いや、別にいいだろ。ちょっと話に出ただけだし」 「でも、お話の途中で逃げ出されたのでしょう? お詫びも兼ねて何かお贈りしたほうがよろしいかと。社長から気にかけてもらえたと思えば嫌な気にはならないでしょうし、今後の取引にも好影響かと存じます」 「まあ、そう言われてみればそうだな。じゃあ、良さそうなものを見繕って贈っておいてもらえるか?」 「はい、かしこまりました」  アルマンドが上着の内ポケットから手帳を取り出して、何やらさらさらと書きつける。 (……本当に優秀な秘書だな)  彼、アルマンド・レンツィは、代々我が家の秘書として仕えてくれているレンツィ子爵家の嫡男だ。  真っ直ぐな黒髪に、濃い紫色の瞳が印象的で、見るからに切れ者という雰囲気を醸している。というか、実際に極めて有能で、彼なしでは今ほどの業績はあげられなかったかもしれない。  彼が僕の予定を完璧に管理し、取引先や部下たちへの配慮を欠かさずにフォローしてくれるおかげで、僕は自分の仕事に全力投球することができ、商会の売上もずっと右肩上がりだった。  僕が今、天才実業家として名を馳せているのも、半分は彼のおかげと言っても過言ではない。  僕はアルマンドの整った横顔をじっと見つめ、感謝の気持ちを口にした。 「アルマンド、いつも本当にありがとう。僕はもう、君がいないとダメな体になってしまったかもしれない」 「誤解を招きそうなことを言わないでください」  アルマンドがこちらに視線も寄越さずに、すげなく返事する。 「君は冷たいな」 「お嫌ですか」 「いや、僕にそんな態度で接するのは君くらいだからな。むしろ気持ちいいよ」  アルマンドが無の顔で、ちらりと僕を見る。 「あ、別に変な意味じゃくて、さっぱりした態度で仕事がしやすいってことで……」 「……分かってます。私も、上司が大らかでありがたいと思っていますよ」 「アルマンド……!」  珍しいアルマンドのデレに少し感動していると、彼がビシッと時計を指差した。 「あと1時間で宝石商との商談ですから、それまでにあちらの資料を確認して頭に叩き込んでください。私はピッグス伯爵家への贈り物を手配してまいりますが、私が見ていないからといってサボってはいけませんよ」 「そ、そんなことはしないさ。だが、ゆっくり行ってきていいぞ」 「……なるべく早く戻ります」  どことなく僕を疑うような視線を向けながら、アルマンドが部屋を出ていく。 「……じゃあ、サボらず仕事をするか」  僕は執務机に移動して、アルマンドが丁寧にまとめてくれた書類の束を手に取った。
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