4. 偽装婚約

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4. 偽装婚約

「皇女様から婚約の打診ですか?」  アルマンドが目を丸くして尋ねる。  珍しくちょっと驚いた顔も可愛い──じゃない、危ない危ない。  僕は最近頻繁に襲いかかってくる妄想と雑念を必死に振り払う。 「……ああ、皇女の使者から直接手紙を渡されてな。僕が婚約を考えていることをどこかから知ったらしい」 「それで──打診をお受けするのですか?」  アルマンドが探るように僕の目を見つめる。 「いや、正直この話は断りたいと思っている」  第三皇女ベアトリーチェといえば、我儘で傲慢だと有名だ。  僕の好みで言えば完全に無しだし、商会経営の面から考えても皇室との婚姻関係は恩恵もあるだろうが、自由度が阻害されるデメリットのほうが僕にとっては大きい。 「ただ、向こうが何がなんでも婚約したい、むしろすぐに結婚したいと強引でな。どうやったら断れるかと悩んでいるんだ」  頭を押さえて溜め息をつくと、アルマンドが「なるほど……」と呟いて思案し始めた。 「では、すでに婚約者は決まったとお伝えして断るのはいかがでしょう」 「それは僕も考えたが、皇女はきっと婚約者は誰か教えろだの、実際に会わせろだの要求してくるだろう。そんな修羅場に付き合ってくれる女性がいるとは思えないし、僕だっていくら緊急事態とはいえ、婚約者を適当に選びたくはない」  自分でも我儘なことを言っているとは思うが、こんなことで婚約者選びを妥協したくはない。  商会の事業だって、安易に妥協せず真剣に取り組んできたからこそ、記録的な売上増を達成し続けることができているのだ。  僕の断固とした決意が伝わったのか、アルマンドが小さく溜め息をついて、「分かりました」と返事した。 「皇女様との面談に協力してくれ、用が済んだら速やかに関係解消してくれる女性をご用意いたします」 「えっ、そんな女性がいるのか!?」  あまりにも都合のいい話に驚いていると、アルマンドが渋々といった様子で眉根を寄せた。 「うちの家門から丁度いい協力者を連れてまいります」 「その手があったか……!」  アルマンドの実家のレンツィ子爵家は代々我が家に仕えてくれている家門だ。他の家であれば嫌がられてしまうような頼みでも、レンツィ子爵家なら手を貸してくれるだろう。 「ありがとう、恩に着るよ!」 「……今回だけでございますよ」  アルマンドの手を取ってお礼を言うと、彼は悩ましげに再び溜め息をついた。 ◇◇◇ 「それで、貴方の婚約者だと言う方はどこにいるのよ!?」 「その、もうすぐ来ますから落ち着いてお待ちください」  あれから1週間後、僕は皇女からの婚約打診を断るべく、商会の応接間で彼女と対峙していた。  まずは皇女をあまり刺激しないよう、二人で話し合おうとしたのだが、皇女は僕の婚約者という存在が相当気に入らないらしく、早く会わせろと言って聞かない。  いくらアルマンドの親族とはいえ、こんなにピリピリした様子の皇女を前にして婚約者のフリをするなどできるのだろうかと心配になってくる。 (僕も今日が初対面だからな……。うまく婚約者の演技ができるといいが)  皇女にビジネスライクな関係だと思われてしまうと、まだつけ入る隙があると判断されてしまいかねない。  政略的な関係ではなく、互いに想い合っている仲──できれば僕の一目惚れのような(てい)でいくのがいいかもしれない。  そんなことを考えていると、コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。 「遅くなって申し訳ございません。コルネリア・レンツィがまいりました」 「コ、コルネリアか! どうぞ入ってくれ」  凛とした美しい声からして、コルネリアの芯の強さが窺える。  彼女なら、この気性の激しそうな皇女に対しても毅然とした態度で振る舞ってくれるだろう。  力強そうな味方が来てくれたことに感謝をして、コルネリアを迎え入れようと立ち上がる。  そうして、ドアの向こうから姿を現したコルネリアを目にした途端、僕は驚きすぎてその場で倒れそうになった。  コルネリアと名乗って入ってきた女性が、自分のよく知る人物そっくりの顔をしていたからだ。 (ア、アアアアルマンド!?)
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