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6. 明かされる事実
僕の口からは間の抜けた声が漏れ、皇女はずるずるとソファの上にへたり込んだ。
「ど、どういうことだ? 皇女にはまだ婚約者はいないはず。つまり、非公式の恋人との子供ができたってことか?」
「はい、その通りです」
「でも、それならその恋人と結婚してしまえばいい話なだけでは──」
「結婚が許されない相手ならどうです?」
「結婚が許されない──まさか、神官と……?」
この国では神官の婚姻は禁じられている。
皇女に目をやると、彼女は絶望した様子で項垂れていた。
「はい。私が調べたところ、皇女は神殿の神官と何度も密会しており、数日前にも会っていました。その神官の外見は、水色がかった銀髪に赤い瞳。ジェラルド様とまったく同じの珍しい色彩です。皇女殿下は、生まれた御子の髪と瞳の色がどちらも神官の遺伝だった場合を考えて、同じ色を持つジェラルド様と結婚なさろうとしていたのです」
「そうだったのか……」
無言だった皇女がいつのまにか涙を流しながら口を開く。
「彼はわたくしを皇女と知らずに愛してくれたの……。わたくしにとって一番大事な人。だから、彼との子供は絶対に生みたい。でも、皇女と神官の子供なんて決して許されないから……」
追い詰められた皇女が子供のように泣きじゃくる。
おそらく、神官の中には隠れてどこぞの娘と関係を持ち、子供を作っている者など数えきれないほどいるだろう。
しかし、相手が皇女となっては別だ。
とうてい誤魔化しきれるものではない。
どう声を掛ければいいのか分からずにいると、コルネリアが皇女の震える背中をそっと撫でた。
「皇女殿下は皇族の籍から抜けるご覚悟はおありですか? もしあるならば、レンツィ子爵家に殿下を迎え入れる用意がございます」
「ほ、本当……?」
「本当です。それに、神官様も神職を辞するおつもりがあるなら、おそらくジェラルド様が紹介に雇い入れてくださるはずです。学問を修めた教養ある人材は貴重ですから」
コルネリアがちらりとこちらを見る。
彼女の言っていることは一理あるし、ちょっといいところを見せたくなった僕はこくりとうなずく。
「レンツィ子爵家の娘と、商会の従業員という関係であれば、何の障害もございません」
「で、でも、元皇女と元神官がって後ろ指をさされて、子爵家や商会に迷惑をかけてしまうかもしれないわ……」
「我が家はそのような些細なことは気にいたしません」
「うちの商会だって、そんなことで業績が下がるほどヤワではありませんよ。それに皇室と神殿の双方にある意味恩を売れるわけですから、逆に大きなメリットがあるとも言えます」
「ううっ……二人とも、どうもありがとう……」
皇女はひとしきり泣いた後、商会で人気の高級紅茶をすすり、「また後日連絡する」と言って帰っていった。
◇◇◇
「ありがとう、本当に助かったよ」
コルネリアの調査のおかげで、皇女に利用されずに済んだし、逆に恩を着せることができた。
冷静でありながら思いやりの気持ちも持ち、さらに損得も考えて行動できるところがアルマンドと似ていて、やはり兄妹なのだと思うのと同時に、ますます彼女への気持ちが膨らんでしまう。
面倒事もとりあえず一段落したし、せっかく二人きりになれたのだから、これから親しくなれるようゆっくりお茶でも……と誘おうと思ったら、コルネリアは僕のほうを向いて綺麗なお辞儀をした。
「では、騒動も落ち着きましたし、私も失礼いたします」
「いやいやいや、ちょっと待ってくれないか。今後のことも話し合う必要があるし、そんな急いで帰らなくても……」
「その辺のことは兄と話してください。私の用はもう済みましたので」
彼女は僕とゆっくり過ごすつもりなど微塵もないらしい。
僕が引き止めるのをばっさり断って、まっすぐドアへと向かっていく。
こういうところも兄妹そっくりだと思いつつ、今帰られてはもう二度とコルネリアに会えないような気がして、僕は必死で彼女に追いすがる。
「待ってくれ、コルネリア!」
どうにか引き止めようと、彼女の腕を取って軽く引き寄せる──……つもりだったのだが、彼女の体があまりにも軽いのと、最近始めた筋トレで僕の腕力が上がっていたことが災いして、思った以上に勢いよく彼女を引き寄せてしまった。
「きゃっ……」
「危ないっ……!」
コルネリアがバランスを崩して後ろに倒れ込む。
それを支えようとするものの、慌てた僕はうっかり彼女のドレスの裾を踏んでしまい、二人揃って盛大に転んでしまった。
「だ、大丈夫か、コルネリア!?」
とんでもない失態を後悔しつつ、コルネリアに怪我がないか急いで確認する。
しかし、目に入った彼女の頭はあらぬ方向に曲がっていた。
「コッ、コココルネリア……!?」
あまりの衝撃に泡を吹きそうになっていると、コルネリアが「ああ……」と溜め息をついて曲がった頭に手をやった。
「ウィッグがずれてしまいましたね」
コルネリアがそう言って、長い黒髪を掴んではぎ取る。
すると、たちまち見慣れた黒髪短髪の我が秘書、アルマンドの顔が現れた。
「ア、アルアルアルマンド!?」
なんか今日はずっとこんな感じで驚いてばかりいる気がするが、驚くしかないので仕方ない。
「なんで、君、女装して……? いや、胸があるから違うのか……? あっ、変なところを見て申し訳ない……!」
何が何だか分からなくてパニックになっていると、アルマンドなのかコルネリアなのか分からないが、とにかく僕の秘書が申し訳なさそうに眉を下げた。
「今まで騙してしまって申し訳ございません、ジェラルド様」
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