1ー4 契約

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「では、これを読め」  そばに控えていた“後藤”という人が、私にA4サイズのプリントを手渡した。 「どうぞ」  そこに書かれていたのは、『契約書』の文字。 「これ……」 「良いから読め。これからの1ヶ月と、その後についての契約書だ」  えっと――  用意された契約書を読み進める。  要約すると、次のような内容だった。 ・契約期間はパーティーの終わる1ヶ月後まで。 ・契約満了時には新たに居住地と仕事を保証する。 ・契約期間中は、互いに恋愛感情は一切持ってはいけない。 ・契約結婚であるということは、一切口外してはならない。 ・パーティーでの違和感を無くすために、一日一回は夫婦らしいことをする。 ・食事は別々にとる。   そして、最後に―― 「いかなる場合もこの契約解除は不可能。……これ、一方的すぎません?」 「そんなことはない、ちゃんと仕事と居住地は保証した」 「でも、私の言い分も入れて下さい!」 「お前、結構言うんだな」 「じゃなきゃ、納得できないじゃないですか!」 「いいだろう、言ってみろ」  淡々と言う社長に、私は続けた。 「まず、両親には結婚は内緒にして婚約者で通して下さい」 「いいだろう。後藤、追加しろ」 「はい」  “後藤”という人が立ったままノートパソコンを開き、カタカタとその場でタイピングを始める。 「それから、記入済の離婚届を私の手元に置いて下さい!」 「それはなぜだ?」 「安心したいからです。社長との結婚を、契約だって安心したいから」 「どうしても、必要か?」 「……必要、です」  社長は顎に手を置き、それからしばらく黙った。 「まあ、いいだろう。後藤、追加しろ」 「は」  またタイピングの音が響く。  それから程なくして、新しい契約書が私の前に置かれた。 「違反時は、違反した者が違反された者の言うことを必ずひとつ聞くこと」  これが、契約の全容だ。 「いいな?」 「……はい」  私は渡されたボールペンで、その最後にサインをした。 「契約成立、だな」  社長が私のサインしたその紙を取り上げた。  それをじっと見てから、一度うなずき、それを“後藤”という人に渡す。 「今日はもういい。明日から、よろしく頼む」 「え?」  明日から……? 「書いてあっただろ? 契約期間は、明日から1ヶ月だ」  今さっきサインしたばかりの契約書を、“後藤”という人が私に突き出し「こちらです」と丁寧に指差しで教えてくれた。 「今日は帰って荷造りでもするんだな。明日、お前の家に引越し業者を寄越す」 「でも、私の家の場所……」  社長は自身の頭を指差した。 「社員の情報は、全てここにある」  私はこうして、冷徹御曹司で鬼と言われる社長と、とんでもない契約を交わしてしまったのだった。
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