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1ー1 婚約破棄
東京。
キラキラした、街。
大学入学と共に奈良の田舎から上京し、もう7年も経つ。
食べることが大好きな私、高堂蘭は、大学で栄養学を学んだ。
そして今、大好きな小粒チョコ、KAMEJIMAチョコの発売元である、亀嶋製菓株式会社の一社員として、企画開発に携わる毎日。
おまけに、プライベートも超がつくほど充実している。
付き合っている彼氏はハイスペックな5歳年上、30歳のイケメンの鮫川慎司さん。
しかも、有名食品会社の部長で、将来有望。
そんな彼に、私は先日プロポーズされたのだ。
幸せ。
意識してないと、頬がだらしなく垂れてしまいそうになるほどに。
五月晴れの空から注ぐ日差しまで、キラキラと私を幸せに包んでくれている。
「蘭ちゃん、幸せなんやなぁ」
目の前に座る母がそう言って、私の頬は更に緩んだ。
ここは、とある高級ホテルの1階ラウンジ。今日は、私の彼氏と両親との顔合わせなのだ。
『婚約者として、紹介したい』
そんな私の申し出を、快く引き受けてくれた優しい彼。
その彼が少し遅れるというので、両親と先にお店で待っているところだ。
「幸せオーラ出てるさかい、眩しいわぁ」
「もう、お父さんやめてよ。都会の真ん中で田舎者丸出し、恥ずかしい」
とは言ったものの、内心満更ではない。
だって、私は今、東京で一番、いや日本で、世界で、いやいや宇宙で一番幸せなのだから。
「婚約者さん、どんな人なん?」
「優しくて、包容力があって、素敵な大人の男性って感じの人だよ。でもね、食べ物の話になると、ちょっと子供っぽくなったりして――」
「はいはい、その話はお相手さんが来てからにしんさい。ところで――」
父が、ちらりと時計を見た。
「遅くないけ? さすがに」
チラリとスマホを見た。
待ち合わせの時間から、15分は過ぎている。
連絡、一切なし。
何かあったかも知れない。
ちょっと心配。
「連絡、してきてもいいけ?」
「おうおう、してこいしてこい」
私は席を立ち、彼に電話をかけた。
◇◇◇
ワンコール、ツーコール、スリーコール……。
繋がらない。
不安になりながらウロウロ歩いていると、ホテルのロビーを越え出入り口まで来てしまった。
入り口のガラスの向こうに彼の姿を探すけれど、見つからない。
その時、ブーブーと、スマホが震えた。
慌てて画面を見た。
固まった。
スマホが、手から滑り落ちた。
膝から崩れ落ちた。
待って、意味わかんない。
誰か、説明して。
私のスマホの画面に映っていたのは、
[ごめん、今日行けない。婚約も破棄させて]
という、短い文章だった。
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