1ー2 偽装婚約者

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1ー2 偽装婚約者

 社長にエスコートされながらラウンジへ戻る。  父と母は、その登場の仕方に驚いたのか、目を丸くしていた。   スマートに腰を抱かれ、ピタリと社長に寄り添う私。  私だってびっくりしてるから!  社長はやがてテーブルの前に着くと、父と母の前で丁寧に腰を折った。 「お義母さま、お義父さま、到着が遅れて申し訳ございません。  初めまして。私、亀嶋(かめじま)一騎(かずき)と申します」  だが、そのピシっとしたスーツが、威圧感を放っている。 「ああ、その……どうも」  圧倒され立ち上がる、父。 「あんらま、えっらい男前……」  口をあんぐりと開ける、母。 「と、と、とりあえず、お座りくだせぇ」  圧倒されすぎて、どもる父。  その隣で、見惚れている母。  社長が差し出した名刺を腰を低くしながら受け取った父は、その名刺を見て目を見張った。 「しゃ、しゃ、社長さん、、、っ!」  ◇◇◇  テーブルに着いた私たち。  目の前には、縮こまる父と母。  ちらりと隣を見れば、堂々たる佇まいで私の隣に座る、社長。  こういうとき、普通、逆じゃない?  なんて思いつつ、私は口を開いた。 「あ、あの、えっと……」  これは、私の両親と婚約者(偽物だが)の顔合わせだ。  この空気、私が何とか打破しなければ、と思ったのだ。  父はテーブルに置いたままの彼の名刺を見て口をパクパクさせているし、母もさっきから挙動がおかしい。  何なら、さっきコーヒーを運んできた店員までも、その手が震えていた。 「本日は、私のために遠くからお越しいただきましてありがとうございます」  突然、隣の社長が声を発した。  その言葉は丁寧なのに、威圧的オーラも共に発生しているようだ。  何ていうか、怖い。 「いやいや、ね、私たちも観光したかったさかい……ね、あなた!」 「おう、あ、ああ……」  パシっと父の肩を叩く母。  お母さん、お父さん、……何か、ごめんなさい。 「名刺にある通り、私は蘭さんの勤める亀嶋(かめじま)製菓(せいか)株式会社にて社長をしており、父は親会社である亀嶋食品社長の亀嶋大吉(だいきち)です。  蘭さんは仕事も私生活も大変真面目で、公私共に私を支えてくれています。  それで、こらから私が歩む未来には、是非蘭さんに傍にいて欲しいと、考えておりまして――」  社長の口から滑るように出てくる嘘に、圧倒されてしまった。   仕事なんて共にしたこともない。  それどころか、社内で会ったことすらない。  それにも関わらず、父も母も「へえ、うちの娘が」「まさか社長さんとなんて」って、素直に受け止めすぎじゃない!?  いや、嘘ついたのは私なんだけど……。 「結婚を許して頂きたく――」 「ああ、もちろん! こんな娘でよければ、うちは万々歳で送り出しますさかい」  父がパチンと手を打った。 「蘭、社長夫人だなぁ!」 「え!?」  思わず大きな声が漏れ、社長がこちらを睨む。慌てて口を噤んだ私は、そのまま引きつった笑みを浮かべた。 「あはは、ありがとう、お父さんお母さん」 「蘭、幸せになるんよ」  涙ぐみ、ハンカチを取り出すお母さん。  ごめんなさい! その場限りの嘘なんです……。 「それで、非常に申し上げにくいのですが、この後私たち予定が詰まっておりまして――」  そんな父母に気を遣いながらも、社長が丁寧に口を開く。  ニコリとも笑顔は見せないが。 「ああ、社長さんやもんなぁ、お忙しいところ、こちらも悪うでした」  慌ててペコペコ頭を下げる父。 「では……ほら、行くぞ、蘭」  立ち上がった社長に手を取られ、私も慌てて付いていく。  背後で、「しっかりやるんやで!」という両親の激励が聞こえた。
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