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1ー3 人生のどん底
お気に入りのワンピース、びしょ濡れ。
ここ一番の気合入りメイク、ボロ落ち。
しかも高級レストランの個室で、独りぼっちで立ち尽くす、私。
彼女が去ってから、どのくらい経っただろう。
社長はさっさと腰から手を下ろしてどこかへ行ってしまうし、こんな高級レストランに独りぼっちで、びしょ濡れで、心もズタボロで……。
惨めだ。
惨めすぎる。
握った拳が震えた。
涙が頬を伝った。
突然、婚約破棄された。
そんな絶望の底にいた私に、伸ばされた希望の手。
それを取って、気持ちがラクになったと思ったのに。
両親に嘘をついた罪悪感は募るし、社長には告白を断るための道具にされたし(多分)。
「くっ……」
奥歯を噛み締めた。
社長の、馬鹿! サイテー! 鬼!
どんなに心の底でそう思ったって、社長には届かない。
きっと明日から、また日常が戻ってくるだけ。
――日常も、もう戻ってこないかもしれない。
婚約者と同棲するつもりで、来週末で今住んでいるアパートは退去予定だ。
婚約者と結婚するつもりで、仕事も来週末で寿退社予定だ。
どうしよう。
私、このままじゃ家も仕事も何もない、ホームレスになっちゃうじゃん!
多分、今、私がいるのは、人生のどん底。
涙が止めどなく溢れてきて、でも拭う気すら起きなくて。
握りしめた拳を開くことも出来ずに、私はただひた泣く。
給仕さんが、気を使って一人にしてくれているらしい。
ああ、情けない。
なんて日なんだろう、今日は……。
すると突然、白いものがバサリと私の視界を遮った。
タオルだ。真っ白な、バスタオル。
「被っとけ。胸元が、透けている」
え? この声……。
慌ててタオルから顔を出し、肩にかけて羽織る。
目の前にいたのは、相変わらず無表情の社長だった。
「悪い。まさか水かけるとは思わなかった」
淡々と言われているのに、心がスッとした。
社長がわざわざタオルを取りに行ってくれてたんだって、分かったから。
「まだ、時間大丈夫か?」
「え……あ、はい」
私がそう言い切る前に、社長は私の手を取り、レストランから私を連れ出した。
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