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一夜明け、ついにパーティーの当日になった。
いつものように、一騎さんは起きぬけの私にキスを落とす。
これが最後のキス。
そう思うと、どうしても胸がキュウと締め付けられる。
「そんな顔をするな」
一騎さんは、起きたばかりの私の頬を、その手の甲でそっとなぞる。
「今日は頼んだぞ」
じっと私の目を見て、そう言ってから部屋を出ていった。
私、一体どんな顔をしていたの?
◇◇◇
そのままパーティー会場に入り、控室でドレスに着替えた。ヘアメイクも、その場でプロの人たちに仕上げてもらう。
「うわぁ……」
思わず感嘆の声を漏らした。
小一時間で鏡の前に現れたのは、私じゃない。
そこにいるのは、ローズレッドのドレスに身を包んだ、“社長夫人”だ。
「蘭……」
名前を呼ばれ、振り向いた。
隣の部屋にいた一騎さんが隣にやってきたのだ。
彼も、今日はグレーのパリっとしたタキシードに身を包んでいる。ネクタイとハンカチが、私のドレスとお揃いのローズ色だ。
かっこいい。
思わず見惚れてしまうと、一騎さんは眉間に皺を寄せた。
「何をぼさっとしている、阿呆」
一騎さんはそう言って、私に左手を差し伸べる。
口調も動作も、いつもと同じなのに。
王子様みたい……。
そんなことを思いながら、私は差し出された左手に、自分の右手を乗せた。
やがてパーティー会場に入る。
前回とは比べ物にならないくらいの会場の広さ、人の多さに、思わず足がすくんだ。
「大丈夫だ、堂々としていろ」
一騎さんはそう言って、私の腰を抱く。
そんな彼にエスコートされながら、私は彼とともに会場の中央に歩み出る。
「一騎社長だ」
「隣は奥さんか?」
「一般人って聞いてたけれど、綺麗な人じゃないか」
そんなヒソヒソと話す声が聞こえる。
前の私なら、俯いてしまっただろう。
けれど、今の私なら。
私は顔をあげ、胸を張り、声の方に笑みを向けた。
「おお」と会場にどよめきが起こる。
プレスの腕章をつけた人たちが、こちらにカメラを向けるのが見えた。
それでも、私は終始“にこやかに、堂々と”を心がけ、彼の隣で必死に“社長夫人”を努めた。
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