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やがてパーティーがお開きになり、招待客が順次帰っていった。
私は一騎さんと、会場の出入り口で招待客を見送る。
「蘭さん」
最後の招待客を見送って、下げていた頭を上げると、隣にお義父さんが立っていた。
慌てて背筋を伸ばすと、それに気付いた一騎さんがさっと隣に立ち、私の腰を抱き寄せる。
「えっと……」
しどろもどろになっていると、それを見たお義父さんはふっと笑って、言った。
「そう畏まらないでくれ。このあと、一緒に食事でもどうかな?」
「え?」
一騎さんを見上げた。
「もちろんです」
一騎さんは、ニコリとも笑わずにそう答えた。
◇◇◇
いつかのホテルの39階、いつか来たそのレストランの個室で、私は一騎さんとお義父さんとテーブルを囲んでいた。
テーブルを囲むといっても、一切和やかな空気はない。
むしろピリっとした空気が、異様な緊張感を放っている。
お義父さんは手早く2人分の食事を注文した。
「2名様分でよろしいですか?」
給仕さんが確認する。
「ああ。どうせコイツは何も食わん」
さすがお義父さんだ。
一騎さんは、居心地悪そうにキョロキョロとしていた。
「一度、お前とはちゃんと話さねばならないと思っていた」
やがて食事が運ばれてくると、綺麗な所作で前菜を口に運びながら、お義父さんが言う。
一騎さんは腕を組んだまま、まだ居心地悪そうにその場で黙っていた。
「蘭さん、うちの家内のことは聞いているか?」
「いえ……」
私も緊張しながら口に前菜を運んだ。
「家内は、一騎が中学生の時に病気で亡くなった」
一騎さんの肩がピクリと揺れた。
「その時、ちょうど事業の拡大をしているときで――私は、家内の最期を看取れなかった」
「え……」
「親父はおふくろより仕事を選んだ。俺は一人で、おふくろの最期を看取った。だから、俺は親父が……」
一騎さんが静かにそう言った。
その声は、怒りを含んでいる。
「だが、それが家内の希望だったんだ」
一騎さんの肩が、またピクリと揺れた。
「私の最期より、会社を守りなさい、と、しつこく言われた。私と同じだけ、会社を、従業員を愛しなさいと。人が、会社を作る。お金が作るんじゃないから、と」
「それじゃあ、お義父様は――」
「私は、家内との約束を、守りたかったんだ」
一騎さんは無表情で腕を組んだままだった。
けれど、その瞳には、悲しみの色が浮んでいるような気がした。
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