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6ー4 契約満了
全てが終わり、家に帰ってきた。
ホテルから家まで、一騎さんはずっと私の手を握っていた。
もちろん、エレベーターの中でも。
私は、何度も聞こうと試みた。
この契約は、もう終わりなんですか? と。
けれど、聞けなかった。
終わりだと言われたら、もう離れなくてはならない。
終わりだと言われたら、私はもう一騎さんのそばにはいられない。
互いに気持ちが通じ合ったけれど、私は、これからどうすればいいの?
そんな不安が胸をよぎり、口を開けなかったのだ。
けれど、エレベーターは最上階に着き、私と一騎さんは降りる。
何か言わなくては。
そう思うのに、何も紡げない。
黙ってお互いに立ち尽くし、気まずくなって手を離そうとした。
けれど、一騎さんはそれを離してくれなくて。
「なあ、」
先に口を開いたのは、一騎さんだった。
「契約、満了だな」
「え?」
一騎さんは相変わらず無表情のまま、淡々とそう言った。
いつもなら、その瞳の奥に、わずかでも表情が映るのに、今日に限って、その顔からは何も読み取れない。
ショックだった。
せっかく、同じ気持ちを確認できたのに。
でも、仕方ない。
彼にとって、私は最初から“駒”だったから。
都合のいい、結婚相手だっただけだから。
好きになったって、気持ちが通じ合ったって、結局は契約だったんだ。
だから、私は――
「……はい」
そう言ったはずなのに、その2文字さえも発音できなくなるほど、私は苦しくなった。
これで終わりだ。
終わっちゃったんだ。
それなのに。
一騎さんは、握った手を、まだ解放してはくれなくて。
「だが、お前は契約違反をした」
「え……?」
「俺を、好きになった」
「あ……」
「だが、それは俺も同じだ」
「う……」
「契約違反をしたら、お互いの言うことを何でもひとつ聞く。そういう、約束だ」
「はい……」
「俺の望みを言う」
そう言うと、一騎さんは私の前に立つ。
すると、突然私をぎゅっと抱きしめた。
「結婚を、続けさせて欲しい」
その声は、迷子になってしまった子供のように弱々しい。
けれど、――。
「それなら、私の望みも、同じです」
私もぎゅっと、その大きな背中に腕を回した。
「蘭、」
名を呼ばれ、顔を上げると、優しく微笑む一騎さんと目が合う。
すると、一騎さんの顔が、徐ろに私に近づく。
「――愛している」
そう囁かれた刹那、私の唇は一騎さんに塞がれた。
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