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「亀嶋食品の社長、残念でしたね」
情事の後の空気が、嬉しくて恥ずかしくて。
腕枕されたまま、ついそんなことを口走ると、一騎さんはふっと笑った。
「色気のない話をするんだな、お前は」
「すみません、こういうの、恥ずかしくて……」
けれど突然、一騎さんの唇が私の唇に降ってくる。
優しく一度触れて、それはすぐに去っていった。
「いいんだ、それは、追々手に入れる。それより、――」
一騎さんがこちらをじっと見つめた。
「――今は、お前を手に入れられたから、それでいい」
その優しい瞳は、私だけが知っている彼の表情。
「なあ、蘭……」
甘えるような声で名前を呼ばれて、心臓がトクンと跳ねた。
それなのに、一騎さんは突然起き上がると、ベッドを降りて行ってしまう。
行かないで、と声を出しかけて、すぐに戻ってきてくれたことに安堵した。
そして、その彼の手に握られていたものに、驚き目を見張った。
「それ……」
それは、今秋発売予定のKAMEJIMAチョコのサンプルだった。
「これ、お前が作った味なんだろ?」
コクンと頷くと、その箱をじっと眺めた一騎さんは、徐ろにその封を解く。
「腹が減ったんだ」
「え?」
「食べさせてくれないか?」
そう言って、その箱を手渡される。
私は起き上がって、彼の開けた箱から、チョコを一粒取り出した。
それを、手で摘むけれど。
「いいんですか?」
「ああ」
「無理してませんか?」
「ああ」
「でも……」
「後藤には、してただろ?」
「え……?」
いつだったか、このチョコのサンプルを貰った日の事を思い出す。
そういえば、あの時、私、後藤さんにあーんってして――。
「……見てたんですか!?」
「ああ。悪い」
一騎さんは、私から目を逸し空をさまよってから、もう一度私に視線を戻した。
「だが、俺も――お前にそうやって食べさせてもらったら、食べられるかもしれないと、思ったんだ。だから……」
一騎さんの頬が、少しだけ紅潮するのが分かった。
なんだか、少し可愛い。
「無理だったら、出していいですからね」
「ああ」
「じゃあ、えっと……あーん」
口を開いた一騎さん。そこに、私はそのチョコをそっと入れた。
コロンと、彼の口の中にチョコが転がっていく。
「どう……です、か?」
「ん……」
ごくり、と、彼の喉が動いた。
けれど、彼は優しく笑って――
「甘いな」
――そう言って、私にキスを落とした。
そのキスは、また深くなって、私はまたベッドに押し倒される。
「お前の、おかげだな」
耳元でそう囁いた一騎さん。
嬉しくて、恥ずかしくて、彼にきゅっと抱きつくと、それを合図に一騎さんも私を抱く手に力を込める。
私たちはその日、外が白むまでお互いの愛を求めあった。
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