<夜半 子の刻> 深閑

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<夜半 子の刻> 深閑

「それにしても真に恐ろしき才能よ。  まさか耳の聞こえぬ貴様が  あのような笛の音を奏でることができるとは。  陰陽が嫉妬するのも  多少なりとも頷けるというものだ」  一双斎が一歩だけ前に出た。 二人の間は四間ほど離れていた。 闇耳が徐に真蛇の面を外した。 赤と緑の瞳が真っ直ぐに一双斎を見据えた。 「その瞳で貴様はすべてを見通してきたのか」 闇耳は無言のまま小さく頷いた。 「貴様とこうして話をするのは初めてだな。  そしてこれが最後でもある。  何か言い残すことはあるか?」 闇耳は無言で首を振った。 蚊母鳥が「キュキュキュキュ」と啼いていた。 「覚悟はいいか?」 一双斎は懐から五寸針を取り出し 両手に一本ずつ握った。 闇耳がゆっくりと龍笛を口元へ近づけた。 「貴様のその笛の音、俺には通じぬ」 そう言うや否や 一双斎は両手の五寸針を自らの両耳に突き刺した。 闇耳が驚愕に目を見開いた。 続いてごくりと息をのむ音が静寂の中に響いた。 「これで・・貴様の笛の音は聞こえぬ・・。  どうする、闇耳よ?」 そして一双斎は 手の中の五寸針を闇耳へ向かって投げた。 闇耳が咄嗟に身をかわした。 一本は闇耳の右のこめかみを掠め、 もう一本が闇耳の右腕に刺さった。 「あ、うっ・・」 闇耳の口から呻き声が漏れた。 「この程度の攻撃が避けられぬとは情けない。  陰陽は貴様の笛の音を警戒していたようだが、  なるほど。  貴様は笛を吹くことを除いては  何の取り柄もないようだ」 一双斎が呆れたように溜息を吐いた。 夜風がふたたび庭の赤松を揺らした。 夜空に浮かぶ望月が 二人の姿を静かに見守っていた。 「貴様を殺るのに刀は必要ない。  陰陽のこの『音無』で殴り殺してくれよう」 そして一双斎は一節切を下段に構えた。 闇耳がもう一度ごくりと唾をのんだ。 赤と緑の瞳が恐々と一双斎を見つめていた。 「覚悟はいいか、闇耳?」 その時、闇耳の唇が僅かに動いた。 「ね、姉、ちゃ・・」 「いくぞ!」 一双斎がそう叫んで右足を一歩踏み出した瞬間、 一双斎の動きが止まった。 「ぐぶっ!」 続いて一双斎の口からくぐもった声が漏れた。 一双斎の手の一節切が地面に落ちた。 背後を振り返った一双斎の目に 当惑の色が浮かんでいた。 次の瞬間、その顔が苦痛に歪んだ。 同時に一双斎の口から鮮血が噴き出すと、 そのまま膝から崩れ落ちた。 倒れた一双斎の背に 脇差『空也』が突き刺さっていた。 その刀身が月明かりを浴びて より一層白く輝いていた。
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