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<日入 酉の刻> 逢魔
西の空が紅く染まり、
夜霧の敷地にも薄っすらと赤みが射していた。
卯の宅から夕餉の煙が上がっていた。
美しくも悲しげな笛の音が妖しく響いていた。
そしてその笛の旋律に合わせて
卯の宅の炊事場から上機嫌な鼻唄が聞こえてきた。
鼻歌の主である女は
「杜若に八橋」の刺繍がなされた
胡粉色の着物を身に纏っていた。
着物から覗くその肌は雪のように白く、
腰まで伸びた長い髪は
夜の闇より暗くそして黒かった。
女はまな板の上で野草を刻んでいた。
包丁のトントントンという小気味よい音が
笛の旋律と女の鼻歌の調子を僅かに乱していた。
それらの音に混じって時折、
雉鳩が「グーグーポッポー」と啼いていた。
その時、コンコンと戸を叩く音がした。
女の包丁を持つ手が止まり、
顔に僅かばかりの緊張が走った。
しかしすぐに冷静さを取り戻すと、
「はぁい。どうぞ、開いてますよ」
と返事をした。
ゆっくりと戸が開いた。
そこに立っていたのは
瑠璃色の着物に身を包んだ陰陽だった。
「鹿肉を持ってきたけど、どうかな?」
二人の視線がぶつかった。
「・・あら、嬉しいですね。
それなら今晩は鍋にしましょうか。
どうです、陰陽も食べていきますか?」
一呼吸遅れて女が反応した。
「そのつもりで来たんだ。
酒も持ってきたよ、姉さん」
陰陽が大きく頷いて女の誘いに乗ると、
女は嬉しそうに陰陽に微笑みかけた。
女の顔もその声もまさに一二三と瓜二つだった。
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