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第4話 いのちだいじに
地味な作業を繰り返し、数十分後。
日が落ち切る前に、森へたどり着いた
正面の森からは小川が流れ出ていて、清らかな清流はなだらかな曲線を描きながら草原を分断している。川幅はそこそこあり、飛び越えるのは無理がありそうだ。覗き込んで見ると底も深く、濃い青色に吸い込まれそうになる。こんなに澄んだ川を見るのは、初めてかもしれないな。子供の頃、親父と行った川も、こんなに澄んではいなかった。キラキラと陽の光を浴びて、煌めく魚の影も見える。
――そういや喉もカラカラだ、飲めるかな? でも生水は寄生虫とか怖いって聞いたことあるし、できれば煮沸したいとこだけど……。
念のため、鑑定で川の水を調べてみる。
名称 川の水
状態 ただの水 危険度40% 浄化を推奨
やはり危険は多少なりとあるらしい。上流に何があるかわからないし、それでなくても動物の糞尿が混じっているともTVで聞いた事があった俺は、念には念を入れる事にした。
確か、ライターを背広に煙草と一緒に入れていたはずだ。インベントリを覗くと、それはしっかりと一覧に現れた。まぁ、煮沸するにしても、焚き火も満足に起こせない俺じゃ宝の持ち腐れだが。煮沸するための鍋もないし、しばらくはお茶もあるし、今はいっか。
さて、それじゃあこれからどうしよう。
川の側には街があるのが定石だけど、ここから下流を見た限り、それらしき物は影も形も見当たらない。どれほど歩けば辿り着けるかもわからない人里を目指すより、危険を冒しても森に入るべきか。森なら果実や木の実もあるだろうし、鑑定で安全も保証される。
よし!
森に入って腹ごしらえといこう。数が見つかれば御の字だが、せめて今日の腹を満たせる物が見つかればいい。
そう考え、意気揚々と森へと足を踏み入れた。
しかし、そう簡単にはいかない物で。
俺は今、3頭の狼に追いかけられていた。
体は小さいがすばしっこく、何度もその鋭い牙が体を掠める。
「いやぁぁぁぁぁっ!! 来ないでーーーーっ!! 食べても美味しくないから! おっさん骨と皮だけだから!」
必死に足を動かして逃げ惑う俺。
このままではデスクワークで鈍った体と、残業漬けの体力では早々に狼の胃の中だろう。
俺はなんとか活路を見出そうと、半べそかきながら周囲を見渡す。
当然、この危機を脱する手段など見つからない。
俺のレベルは未だに2のままだし、例え奇跡的に剣が地面に生えていても活用する事はできないだろう。
一か八か、手近にあった木をヒーコラとよじ登る。
木登りなんて、子供の頃ですらやったことはないから随分苦労して、狼に足を齧られる既の所でなんとか枝にしがみついた。
しかし、その枝もそう高い位置にあるでもなく、足元では未だに狼達がガウガウと群がっていた。
「誰かーーーーっ!! 助けてぇぇぇぇぇぇっ!!」
虚しく森中に情けない声が木霊し、消えていく。
少しでもズレれば、狼の餌食になるのだからそりゃ必死で枝にしがみついていた。筋肉の無い腕はプルプルと震える。
ゲーム感覚で異界を満喫しようとした仇か、スタート地点で頓挫するとは。
だがしかし、ゲームでも最初は雑魚キャラの一撃で瀕死になるのだから今の俺も間違った姿ではない!
そう言い聞かせ、来るとも思えない助けをひたすらに求めた。
すると、図らずとも願いが叶ったのか、盾を構えた大男が狼の群れに飛び込んできた。
盾を打ち鳴らし、狼達を威嚇している。
標的を俺から大男に変えた狼は、低い唸りを上げ飛びかかっていく。しかし、大男は盾で攻撃を塞ぐと、剣を横になぎ払い切りつけ血が舞う。
俺は背中が粟立つのを感じた。
血、紛うことなき、生き物の血だ。
現代日本で血を見る機会なんて、そうそう無い。あっても、ドラマやアニメだ。ゲームでも流血表現は多いが、それは全てフィクション。
スライムはただの半透明なブヨブヨだったから、何も思わなかった。でも、狼は違う。生きている、生命だ。
心臓が、うるさい。
喉がヒューヒューと鳴り、汗が溢れる。
そんな俺から離れ、大男を囲む形となった狼達の後ろから、また1人の男が飛び出した。こちらは軽装の革鎧に片手剣を携えている。
これで狼を挟み撃ちにする形となった男達は、1頭ずつ確実に仕留め俺は窮地を脱した。
「おい、あんた。大丈夫かい?」
助かった事実と、生々しい現実に、俺の涙腺は崩壊してしまったようで、顔はぐしゃぐしゃだ。涙をボロボロと溢し、嗚咽していた俺に軽装の男が声をかけてきた。涙を袖で拭い、なんとか声を絞り出す。
「あり、ありがどうございまずぅ。お陰で助かりまじだ〜。うぇぇぇぇぇぇ」
あまりに汚らしい俺の無様さに、苦笑いを漏らすと、大男が木の枝から下ろしてくれた。まさかこの歳になって抱っこされるとは思いもしなかったが、命あっての物種。
ヒックヒックと泣きじゃくりながら、大男にしがみついた。
なんとか落ち着きを取り戻し、涙が渇いた頃、軽装の男が優しく語りかけてきた。
「あんた、こんな所で何してたんだい。失礼だがステータスを見させてもらったが、そのレベルでこの森にソロで踏み込むなんざ、命知らずにも程があるよ。何か理由でもあるのかい?」
軽装の男はイルベルと名乗った。30手前だろうか、短く刈った茶色い髪に、垂れ目が印象的な男だ。剣士で、レベルは20だと自己紹介してくれた。
大男はメイムというらしい。口数の少ない男らしく、イルベルが代わりに紹介する。20代半ばで、スキンヘッドにサークレットをはめ、2mはあろうかという巨体を縮こまらせ、照れ臭そうに頭を掻いていた。こちらはレベル17との事だ。
この2人が、この世界に来て初めて出会った人類だ。
どうしよう。素直に話しても良いものかしばらく悩み、人の良さそうなイルベルを信じて打ち明けた。
天使のような女に会った事。
勇者になれと言われて断った事。
そうしたら女を怒らせ見ず知らずの草原に捨てられた事。
荒唐無稽とも取れる俺の話を、イルベルは神妙に聞いてくれた。ついとメイムと目配せすると、俺に手を差し伸べる。
「思い当たる節がある。しかし、ここで話し込むのは危険だ。俺達のキャンプがあるからそこまで移動しよう」
ありがたい事に、イルベルは俺の話を信じてくれたようだ。
縋り付くようにイルベルの手を取ると、その後ろでメイムが仕留めた狼の亡骸を次元収納に納めていた。ここでは次元収納も珍しいものではないらしい。
隠さずとも問題はないようだ。ほんの少しの嘘でもイルベル達の信頼を得ためにできるだけ使いたくない。今の俺の生命線ともいえるイルベル達の後を追い、そう決心した。
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