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第7話 ︎︎ようこそ!カンパニーハウスへ
門を抜け町に足を踏み入れると、多くの人が行き交い様々な声が鼓膜を叩く。門前広場には露店が並び、胃を刺激する香りが漂ってきた。
思わず垂れるヨダレ。
朝も非常食とはいえちゃんと食べたのに、歩き続けた結果、それらは見事消化されたらしい。ギュルギュルと鳴る腹を抑え、指をくわえて見ているとイルベルが肩を叩いた。
「腹減ったな。何か食っていこう」
もうヤダ!
イルベルってばホント男前!
瞳を潤ませて万歳する俺をディアも笑いながら見ている。
人混みの中で身体を小さく縮めるメイムも可愛らしかった。狼にはあんなに勇ましく挑んでいたのに、対人スキルは低いらしい。
そんな和やかな雰囲気を壊したのはキーナだ。
「私は神殿に行くわ。落とし子となんていつまでも一緒にいられるもんですか」
ぷいっと顔を逸らすと長い金髪が風になびく。
こいつはずっとこうだった。野営の時も施してやる必要は無いとか、隣に来るなとか尽く俺を毛嫌いする。せっかく可愛い顔してるのに勿体ない。
ま、君子危うきに近寄らずってヤツだな。俺も進んで交流しようとは思わなかった。しかし、パーティを組むならそうも言っていられないよな。連携が取れないせいでお陀仏なんて冗談じゃない。俺の方が歳上な分譲歩するべきか。
アレコレと唸っているとディアが脇腹をつついてきた。
「どうした? ︎︎行くぞ。屋台ならさえずり亭がおすすめ。串焼きの店でな、種類も豊富なんだ」
ディアはキーナの行動を咎める気は無さそうだ。イルベルやメイムも気にした風でも無く屋台に目を移していた。
「いや……でもキーナが」
俺のせいという若干の罪悪感から純粋に食事を楽しむ事に躊躇してしまう。
キーナの背中とディアの顔を視線が往復する。ディアは少し寂しそうな瞳でぽつりと零した。
「あの子はいつもああなんだ。聖女見習として修行のために『青猫』に来たが、私達と馴れ合うつもりはないらしい」
そうなのか。
あの森で初めて会った時はディアの陰に隠れてたし仲がいいものだと思ってた。
でも言われてみれば会話は多くなかったかもしれない。話すのはもっぱらイルベルとディアで、俺にも何それと話しかけてくれた。キーナはいつも最後尾を歩いて無言のままついてきていただけだ。
口を開くのは俺を批難する時くらいか。
それでも、イルベル達に話しかけられれば応えていた。無愛想だったけど。整った顔してるし笑えばもっと可愛いと思うんだけどな~。
ディアに促され、イルベル達の元に足を向ける。もうキーナの背中は見えなくなっていた。
人波をかき分けて歩く事数分。
辿り着いたのは一軒の屋台。
そこで俺は初めてこの世界の料理を見た。この町に来る前に食べたのは非常食だったからね。
よくメシマズ異世界を見るけど、俺は運がいいらしい。炭が敷き詰められた囲炉裏にじゅうじゅうと音を奏で、肉汁が滴る串焼きが並んでいる。香辛料が使われているのかスパイシーな香りが堪らない。
その他にもキノコや野菜もある。ひとつひとつがボリューミーで食べごたえがありそうだ。
そこは日本の夜を彩る屋台のように座席が並んだ店だった。出張で行った福岡の中洲を思い出す。
あの時は会議が長引いて遅くなってしまい、取引先を出たら通りに提灯が灯っていて引き寄せられるようにひとつの店に入ったんだっけ。そこが焼きラーメンの美味しい所で、大将も人柄が良くて久しぶりに生を実感できた。
この店、さえずり亭の大将も気風がよくて愛想もいい。大きなお腹が狭い厨房を圧迫しているけど汗を拭いつつも笑顔を崩さなかった。
「よー! ︎︎イルベル。メイムとディアも久しぶりだな。依頼は無事済んだのか?」
お、客の顔と名前を覚えているのもポイント高いぞ。それだけで客は嬉しいもんだ。『いつものやつ』が通じる優越感たるや筆舌に尽くし難い。
イルベルもそうなんだろう。にこやかに口を開く。
「ああ、ゾンド久しぶり。依頼はちゃんと達成してきたよ。そこで思わぬ拾い物をしてね。ルイ、こっち来い」
手招きされて俺は頭を下げつつイルベルに並んだ。
「こいつはルイ。森で迷っているのを見つけてね。今後は『青猫』の一員だ。新しい常連だぞ。美味いもの食わせてやってくれ」
ゾンドと呼ばれた大将はもの珍しそうに俺を見る。
「ほ~……。ここいらとは顔つきが違うな。異国の出身かい?」
さすが目敏い。それだけ多くの客がやってくるんだろう。味にも期待が持てそうだ。
「はい。ルイ・ゼンドーと言います。東の島出身です。よろしくお願いします」
俺が挨拶するとゾンドは豪快に笑って歓迎してくれる。
「なるほどな~。出稼ぎってとこかい? ︎︎『青猫』は良いカンパニーだぞ。まだできたてだが依頼達成度も高いし、ギルドも期待してるって話だ。うちに来りゃ美味いもんたんまり食わせてやるからな。ご贔屓に頼むよ」
上手いね。金の匂いをさせない誘い方はこちらも来やすいし、まだ何も口にしてもいないのにまた来たいと思わせる。
「ありがとうございます。僕も常連になれるよう頑張ります」
そう、俺はまず金を稼げるようにならなければならない。依頼料の分配は町に着くまでの道中でしっかり取り交わしている。まぁ、イルベルが優しいからなんの文句も出なかったけどね。
依頼料はまず3分の1をカンパニーの運営資金に回して、残りを5人で分ける事になっている。元は4人で割っていたのだからイルベル達が損をするのではと言ったが、俺が加わる事で今までできなかった依頼も受けられるようになるらしい。
例えば護衛。
これの受領最小人数が5人からだそうな。依頼を出すのはもっぱら商隊や金持ち連中。だから今まで受けていた魔物討伐や採集依頼より実入りが良いとか。
護衛を受ければ帰りにまた依頼を受けられる。そうじゃなくても違う町ではこことは違った依頼もあるだろう。
そして討伐依頼や採集依頼でもより良い依頼を受けられる。討伐が難しい魔物や採取量が多い依頼だ。
そのために俺は魔術を学ばなければならない。ここで飯を食ったらカンパニーハウスに案内してくれる事になっている。ハウスにはメンバーのために部屋も用意されているから住む場所は決まった。それだけで安心感は段違いだ。
そして明日。
まずは役所に行って居住届を出す。
それからギルドに行って冒険者登録をして講習を受ける。午前が冒険者としての講習。午後がジョブ別の講習だ。
俺は自分で出すつもりでいたのに費用はカンパニーの運営資金から出すとイルベルが言い出した。パーティの戦力増加のためだから経費だと。
更に並べられる美味そうな串焼きの数々。この支払いまでしてくれると言うではないか。俺の歓迎会だって!
く~っ!
ブラック企業で虐げられてきた社畜には神様に見えたね。あんな天使なんかよりよっぽど頼りになるぜうちのリーダー。どこまでもお供しまっす!
泣きながら串焼きを頬張る俺を他の客達も一緒に笑って見ている。
捨てられた時は無理ゲーだと思ったが、案外ここは天国かもしれない。
優しい仲間達(1名除く)。
美味い料理。
そしてその止めがカンパニーハウスだった。
腹を満たした俺達が向かうのは郊外。閑静な住宅街にそれはあった。
他の家と同じ、オレンジ色の煉瓦でできた3階建ての屋敷。入口には鉄製の門扉が立ち塞がり、その先に広い庭。建物は頑健で品がある。
それはまるで小さな宮殿のようだった。
これがカンパニーハウス?
ぽかんとする俺の背を叩きイルベルが門を開く。それに続くメイムとディア。
「ようこそ。『青猫』のカンパニーハウスへ」
イルベルはしてやったりと言わんばかりに破顔した。
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