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第9話 ︎︎ギルドといえば受付嬢
そして翌日。
フカフカの布団でぐっすりと眠った俺は目覚めもスッキリだ。こんなに気持ちのいい朝はいつぶりだろう。
この町に着く前は野営だったし、硬い土に横になるのは結構シンドかった。それでも文句なんて言えるはずないけど、会社で残業の時は椅子並べて寝てたからな~。それを考えると非常食とはいえ暖かくて栄養のある物が食べられるだけ良かったかも。
そんな事を考えながら窓を開け、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。日本の排気臭い空気とは全然違う。澄んだ空には雲が沸き立ち、小鳥が遊んでる。
今は真夏らしいけど日本のようなうだる暑さは無い。カラッとしてそよ風が気持ちいいくらいだ。温暖化なんて無縁なんだろうな。イルベル達は暑いって言ってたけど30度越えを経験している俺にとっては春程度に感じる。その分冬が怖いけど。
さて、感傷もこの辺で切り上げよう。実はさっきから風に乗って良い香りが漂っているのだ。もう朝食の準備を始めているんだろう。俺はしばらく当番から外されている。こっちの料理の仕方とか食材とか全然分からんからね。
それでなくても自炊なんてこの10年、満足にしていない。道具なんかも違うかもしれないしな。まずは教えてもらいながら食べて覚えよう。
腹を鳴らしながらクローゼットを開ければ少しくたびれた服が数着かかっている。これはイルベルのお古を貰った物だ。そのうち新調するにしても替えがないと不便だろうって、快く譲ってくれた。
ほんと良い奴だよなイルベルって。メイムも無口だけど俺を気にかけてくれる。ディアは女性だし美人だから少し緊張するけど気さくでサッパリした性格だ。
キーナは……。
昨晩、暗くなってから帰ってきて、食事だけ済ませるとさっさと部屋に籠ってしまった。せめて最低限の意思疎通ができればいいんだけど、あっちが頑なだからな。
聞けばまだ20歳で、修道女から巫女に昇進したばかりだそうだ。教会、ファナタス教と言うらしいが、そこではまず洗礼を受けて信者になり試験を受けて受かれば修道女となって教会で働けるようになる。
修道女はほぼ下働きだ。教会の掃除、巫女や聖女の世話、細々とした汚れ仕事。その合間に昇進の勉強もしなければならない。そうして無事巫女になれれば回復系の魔術である聖術を身につけられる。
聖術は神から授けられる術だとか。それを使いこなし、高みに登れば聖女への道が開かれる。そのために冒険者として経験を積む。キーナは今この段階だ。
男は修道士から神官を経て司祭となる。
更にその上に男なら司教、女なら大聖女がそれぞれ1人ずつ神によって選ばれる。その頂点が法王だ。
聖女や司祭となって初めて神像に祈る事ができるってさ。
なんかアホくさ。
神に祈るのに資格が必要とかなんの意味があるんだろ。俺は日本に生まれて信仰の自由を約束された中で育った。キリストもお釈迦様も、なんだったらゾロアスター教だって信仰できちゃう。
そんな中で個人的には神道が性に合った。神道は正確には宗教じゃない。神は万物に宿り、そこかしこに存在するという考え方だ。一時期流行ったトイレの神様だね。
だから悪い事をしたらどこかで神様が見てるよ~って感じかな。
そんな思考だからか、このファナタス教の教義には違和感しかない。信者になれば誰だって神像に祈っていいじゃん。でも、教会はそれを認めない。神像は教会の奥深くに秘匿され、その姿を外に漏らす事さえ禁じている。
そんなんだから聖女や司祭は高慢ちきが多いらしい。自分は選ばれた少数派っていうくだらない選民意識だ。
キーナもそう。
冒険者に混じってはいるけど、自分は違うんだとふんぞり返る。他のカンパニーでもそれは変わらないってイルベルが言ってた。
「はぁ~……」
思わず爽やかな朝には不似合いな溜息が零れる。
そんな奴ら相手に落とし子は格好の餌だ。
神の威光を足蹴にした不埒者。
けしからん、成敗する!
ってね。
昨日、キーナは教会に行っている。もしかしたら密告している可能性もあった。一応仲間なんだ。疑いたくはない。しかし、最悪の事態も考えておかなきゃいけない訳で。
いや、いかんいかん!
悪い方に考えるとドツボにハマるぞ。
折角の新しい人生なんだ。前向きに行こう。
今日は朝食を食べたらイルベルと一緒に役所とギルドに行く予定だ。
特にギルドは異世界物のお約束。可愛い受付嬢がいるってのがお決まりの展開だ。
その子と良い仲になったりしちゃって!
よっしゃ!
俄然やる気が出てきたぞ!
俺は澄んだ空めがけて腕を突き上げた。
な~んて。
期待をしていた時期が俺にもありました。
虚ろな目で見つめる先には40代くらいのおっさん。ぴっちりオールバックに撫で付けた黒い髪は整髪料でテカり、気難しげな目つきで俺を値踏みしている。
イルベル曰く。
「こんな荒くれ者が集まる場所で女性を働かせるなんてする訳ないだろう? ︎︎討伐部位の確認だって素材回収だって血なまぐさい仕事なんだから。女性は奥の事務所で働いてるよ」
との事だ。
そりゃね。
うちは良いヤツらが揃ってるけど、今俺の周りにはいかにもな男達が大勢いる。女性もいるけど、目付きが違う。
よく見る酒場兼用の場所じゃなく、だだっ広いホールに掲示板がいくつも並んでいた。そこに依頼が張り出されていて、それを剥がして受付に持っていくスタイルだ。
そっちの窓口に目をやっても並んでいるのは皆おっさん。
改めて目の前を見る。
どこをどう見ても紛うことなきおっさんだ。
大きな瞳も、艶やかな髪も、たわわな胸も無い。
そりゃ溜息も出るわ。
それを無視しておっさんは事務的に仕事を進める。
「では、こちらの書類にご記入をお願いします。文字は書けますか? ︎︎書けなければこちらで代筆致しますが」
その申し出を丁寧に断り、ペンを借りて書類に記入していく。先に役所に寄って来たからね。字が書ける事は実証済み。住所もちゃんとあるよ。ここが空欄だと認可が下りにくいってイルベルが言っていたから、助言に従い先に登録してきた。もちろん、カンパニーハウスの住所だ。
羽根ペンなんて初めて使ったから少し歪になったけど、なんとか書き終えておっさんに渡す。
おっさんは鋭い目でひとつずつ項目を確認すると、大きな判子を手に取り押印した。
「はい。確かに承りました。こちら仮承認の証書となります。無くされないように。正式な冒険者証を作るのに2日かかります。その間に研修を受けられてください。本日から受講可能ですが、どうなされますか?」
おぉ。小説なんかだとパッとカードなりができあがるけど、ここでは待たないといけないのか。でも、それが当たり前っちゃそうだよな。
この世界には魔道具もあるらしいけど、高価でそう容易く手に入るものじゃないらしい。『青猫』のトイレもボットンだったし、唯一の魔道具が冷蔵庫だった。それでもかなり恵まれている方だって。さすがイルベル。気さくだけど貴族の5男坊の名は伊達じゃない。
イルベル達のギルド認証カードを見せてもらったけど、いわゆるドッグタグのような物だった。鉄製のそれには所属ギルドと名前、カンパニー名が刻印されている。万が一の時身元を特定するめだ。
レベルはステータスを見れば分かるから、必要最低限の認証カードって事になる。ひとつひとつ人の手によって刻印されるから、待ちの時間が必要って事だね。
そして研修。これはイルベル達とも相談して今日から受ける事にしている。午後のジョブごとの研修で基本的な魔術を教えてもらえるからだ。
ギルドにある魔術書もタダでは読ませてくれないらしい。1回につき100ギリカ。町の通過税と同額だ。参考までに言うと100ギリカで1日の食事が賄える金額になる。日本円でだいたい1,000円くらいの感覚かな。微妙に高い。しかも1冊じゃなくて1回につきだ。先払いだから読み終わらなくても100ギリカ。
魔術書には魔術が封印されていて解読する事で取得できる。だがそれは確実なものではなく、個人の技量や得手不得手に左右されるそうだ。
つまり、取得できるかどうかも分からない本に1,000円出さないといけないって事。取得できなくても返金なんて勿論無い。それだけ貴重って事だろうけど、ほんっとケチくせぇな。
まぁ、しょうがない。郷に入っては郷に従え。それが決まりなら従うしかないもんね。
受付のおっさんに受講の意志を伝えるとイルベルとはここで別れた。2階に教室があるという事で階段を登る。
さぁ、冒険者としての第1歩だ。胸はワクワクと踊っている。
期待をこめて指定された部屋の扉に手をかけた。
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