震えと混乱

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その日、アキノは珍しく早起きをした。 と言っても、壁時計の短針は4をさしている。 何故か目が完全に覚めたので、仕方ないとパソコンの前に座るためにベッドから降りた。 その時、スマートフォンがLINEの通知を知らせる。 その文字を見て、アキノは跳ねる様に部屋を出た。 震えと混乱 声も掛けずに302号室のドアを開ける。其処はユウリの部屋だった。 窓下のベッドの上で布団の塊になっているユウリを見て、その名を呼び駆け寄る。 その塊は、震えていた。ガチガチと歯を鳴らす音も聞こえる。 その状態にアキノは焦った。どう考えても正常じゃない。 LINEには、「たすけて」とだけ打たれていたのだ。 「どうしたん!?大丈夫か……!?」 布団の上から抱きしめても、ユウリの震えは止まらなかった。 「ア、キノ、」 息まで震えた彼の眼は瞳孔が開いている。 ユウリは、震える体でアキノにしがみついた。 「一時間前から、震え、止まらなくて、歯、鳴るのも、我慢、出来なくて、」 ユウリは震える声で状況を言う。辛くて混乱しているだろうに、細かい異常を途切れ途切れ伝えた。 そして口を閉じようとして歯を鳴らす。それも辛いのか、掛け布団を咥えた。 アキノは突然の事に動揺する。ただユウリを抱き締めて、大丈夫だよ、と声を掛ける事しか出来なかった。 アキノ、どうしたの?と部屋の外から声が聞こえる。 それは兄、ミオの声だった。 誰か!!とアキノは大声で言う。それでドアは開いた。 燻水はアキノとユウリの様子に口を手で覆う。そして直ぐに階段下の人を呼んだ。 「震えが止まらないらしいんだ。1時間前から」 苦しそうな呼吸のユウリに、ミオも表情を硬くする。 そして、青紫のポニーテールも入って来た。 コハルさん、来てたんだ。と声を掛ける前に、その元住人はユウリの様子を見る。 「僕のバックと水、持ってきて」 コハルの指示にミオが階段を駆け降りた。少しして、黒い手鞄がコハルの手に渡る。 「大丈夫。この薬効くから」 長財布から出した錠剤のパウチ開け中の錠剤をユウリに差し出した。 ユウリは震える手でそれを受け取り、口に入れる。アキノがコップを差し出すと、半分零しながらも薬を飲みきった。 「不安が取れる薬だから、良くなるよ。僕も使った事あるから大丈夫」 コハルは優しい声で言い聞かせ、掛け布団の上からユウリを撫でる。 ユウリはほっとした様で、大きく深呼吸をした。アキノが安心して手の力を緩めると、ユウリはアキノの腕をがっしり掴んだ。 「ここにいて、」 アメジストの眼が不安そうに揺れる。アキノはしまったと思い、しっかりユウリを抱き締めた。 暫く、空気は変わらなかった。 しかしユウリはなんとか眼を瞑り、時間を掛けて体の震えも無くなる。 ユウリが寝息を立てるのに、三十分掛かった。 コハルはアキノに頷き、もう大丈夫だよと言う。 アキノもそれでやっと肩の力を緩められた。 ユウリをベッドに寝かせ掛け布団を正しく掛ける。それでも、その手は離さなかった。 「熱が出る時、こうなることはあるよ。いきなりだから混乱するのも分かる」 ちゃんと主治医に報告してね、とコハルはアキノにレクチャーした。 「コハルさんがたまたま遊びに来ててよかった……」 コハルは、こういう“異常事態”に詳しい。素早く対処出来たのは、本当に彼のお陰だ。 「ユウリが起きるまでそうしてる?」 ミオ問いにアキノは頷く。 「じゃあ飲み物だけ持ってくるわね」 そう言ってミオとコハルは302号室を出て行った。 握られた手の力が緩くなり、ユウリは唸る。 ベッドに腰掛けたアキノの方を向き、赤い眼と目を合わせた。 おはよう、と声を掛けると同じ挨拶を返される。 「今何時?」 時間を気にする余裕が出た様で、本当にほっとした。 「午後三時だよ」 そう伝えると、ユウリはまた唸ってから体を起こそうとする。 無理しないで、と声を掛けたら、大丈夫と言って上半身を起こした。 ミオが置いてくれたミネラルウォーターのペットボトルをわたすと、それを一気に煽る。脱水が心配だから、それは嬉しかった。 「これから熱が出ると思うから、覚悟してってコハルさんが言ってた」 震えはもう無いみたいだが、眼がどろりとしている。 ユウリは頷いて、もう一度ベッドに沈んだ。 「ごめん、急にしんどくなって」 ユウリの謝罪にアキノは首を横に振る。 「頼ってくれて嬉しいよ」 ユウリは照れた顔をしてから、また手を握ってくる。 「今日は甘え倒していいか?」 「いいよ。てかいつもじゃん」 アキノの軽口に、ユウリはやっと笑った。 その後、ユウリはかなりの高熱を出し、それが治った頃にアキノも尋常じゃない熱風邪をひく。 勿論、アキノはその時ユウリに甘え倒した。
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