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17.撮り損ねた一枚
今日も今日とて、プテリスは写真を撮る。アスターはそんなプテリスの背中をじっと眺めていた。
「お前も撮ってみるか?」
こちらに振り向き、プテリスが言う。命令ではなく、アスターがやりたいかという問いかけだった為に、少しばかり頭の中で考える必要があった。
「……はい」
考えた末に出たのは簡素な応答。それでもプテリスは嬉しそうな顔をしていて、自分の答えは正解だったのだとアスターは感じた。
プテリスに教えられた通りにカメラを持ち、ボタンを押す。カシャリと機械的な音が鳴った。撮れた写真を見る。
「……?」
「どうした?」
「変です」
プテリスが撮ったものと僕が撮ったものとでは何かが大きく違うように見えた。同じ景色を撮ったのに、どうしてこうも美しさに違いが出るのだろうか。
「ご主人様の様には撮れませんでした」
「むしろ初めてでよく撮れてる方だ。気にするな」
「そうでしょうか」
これでも高性能なアンドロイドなのだ。学習すれば出来るはずだ。なにか、ご主人様でも撮れない何かを撮ってみたい。……アンドロイドがこんな事を思うのは変だろうか。アスターは考える。
「次はあっちの方行ってみるか」
アスターがカメラから目を離すと楽しげな顔をしたプテリスがいた。アスターと趣味を共有出来て嬉しいのかもしれない。アスターはカメラのシャッターを切った。
「わっ!」
突然目の前で焚かれたフラッシュにプテリスは目を丸くする。
「ご主人様でも撮れないもの、撮りましたよ」
プテリスはしばらく固まり、その後「今の顔撮れなかったな……」となにやら後悔していた。
プテリスとアスターが引き続き写真を撮っていた時だった。何者かの足音が聞こえた。アスターはサッと警戒体制に入る。足音は徐々にこちらに近づいて来る。音的におそらく人間だが、だからと言って油断は出来ない。建物の角をジッと睨む。すると、二十代くらいの男がひょっこりと姿を現した。
「およ?あんたら、ここで何してんの?」
「何って、写真撮ってんだよ」
少しブスッとした声でプテリスが答える。
「写真?こんな状況で?」
男が言うこんな状況とは、この退廃した世界のことだろう。
「悪いか?」
「いや、すげーなと思って」
男は本気で感心している様子だった。特に何かをしでかす様子もないし、本当にただ通りかかっただけかもしれない。
「なあ、俺の事撮ってくれよ」
「依頼料は?」
「金取るのかよ!?」
「こっちも一応仕事なんでね」
プテリスが少し悪い顔をしている。初めてみる表情だ。知らない顔をしたプテリスが知らない男と話をしている。アスターの胸の奥でドス黒い何かが渦巻くのを感じた。
写真を一枚もらい、男は満足げに去っていった。
「人に頼まれて撮るのは久しぶりだったな」
プテリスがこぼした言葉が聞こえた。ドス黒い何かは一向におさまってくれなくて、耐えきれずにプテリスの服を掴んだ。
「どうした?」
「……」
何と言えばいいのか分からない。自分が何を思って何をしているのかも分からない。分かるのは、これがアンドロイドらしからぬ行動だという事。
「もうすぐ日が暮れます。そろそろ帰りましょう」
プログラム通りに言葉を発する。自分はプログラムされたアンドロイドなのだから。プログラムされていないものは必要ない。そのはずなのに、プテリスとの生活があまりに温かくて、余計なものが増えてしまった。この胸の中に渦巻くものをプテリスが知った時、彼はどの様な顔をするのだろうか。
段々と日が傾き、地面には長い長い影が伸びていた。
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