2.日常

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2.日常

 散らかった机を前に、ぐぅっと腕を伸ばし、それから手足を脱力させる。ぼんやりと視線をやった壁は窓すらなく、かなり質素なものだった。けれどプテリスにとっては苦痛ではなかったし、アスターも不満を持っているわけでもないようで、気にしてはいなかった。 「食事です」  そう言ってアスターはスープとパンが乗った皿をプテリスの前に並べた。アスターは少し前に道端で拾ったアンドロイドだ。最初は集団シェルターに行ってそこに居た機械いじりの得意なやつにアスターを直してもらったが、直った途端アスターをめぐって喧嘩が勃発したため、嫌気がさしてそこを出た。シェルターを出るときにここの存在を教えてもらえたことは運が良かったと思う。 「今日は外に行くぞ」  食事の最中、プテリスは独り言のようにつぶやいた。しかしアスターは自分に向けられた言葉だとすぐに理解し、了解の言葉を返す。  それからはまた無言の時間だった。方や食事中。方や待機中。外にも出ていないのだから、話す話題も出てこない。カン、コロンとカトラリーが器の底を叩く音だけが静かに響いていた。  武装したアスターと、袋とマスクを持ったプテリス。基本的に行き先を指定するのはプテリスであり、アスターは横にいる事が多い。だがアスター本人はやや前方に出たいようだった。アスターにとっては護衛対象なのだから、先を歩かせたくないのだろう。しかし歩幅の関係もあってか、ぱっと見は横並びの構図となっていた。  構わずプテリスは道を歩く。人の気配や瓦礫などに気を払いつつ、良さそうな民家を見つけては中へと踏み入れる。 「崩壊の危険があります」  アスターは機械的な声でそう警告した。 「目安ならわかる。それより、罠があるかどうかが心配だ」  足元、天井近く、戸だなの辺りを注意深く見やる。アスターが顎を引いて警戒態勢を強めている間に、プテリスは道の確保が出来ているかの確認をしていた。どうやらこの民家には随分と人が来ていないらしく、埃は新雪の様にまっさらでネズミの足跡すらない。人間の手で割られたり壊されたりしている様子も特になく、かなり環境がいい状態で廃墟と化していた。  よし、とプテリスはキッチンの方へ向かう。埃は舞うが、マスクをしているのだから今更何も問題はない。床は普通よりも重たく悲鳴を上げているが、崩れる心配は無さそうだった。  冷蔵庫近くの戸棚をひっくり返していく。貯蔵的な空間を探していれば、保存食や乾麺の類を見つけた。カビてしまっている物もあるが、これなら三週間くらいは耐えられるだろう。  ついでに電子機器のためのエネルギーを探す。電池やオイルなどがあれば最高だ。アスターに探してもらうように頼もうかと考えたが、重量や許容量の事を思えば一緒に探した方がいいだろう。 「アスター、上には行けそうか?」  数歩後ろで相変わらず警戒態勢をとっているアスターに問いかければ、検出システムを展開し始め、すぐに頷いてみせる。 「階段及び天井、二階部床面は問題ないと思われます」 「っし、じゃあちょっとだけ電池探しするぞ」 「了解しました」  二人分の重たい足音は、床の悲鳴を一切気に留めず進んでいく。  結局のところさほど電池は得られなかった。発電機を稼働させるためのガソリンが得られるとは思ってはいないが、古めかしい懐中電灯に入れることが出来る電池はいくらでも欲しかった。  あとはカメラのバッテリーも欲しいが、これはかなり難しい。稀に見つかることがあるが、今回は外れだった。仕方ない。食料が見つかっただけ良しとしよう。ため息を吐いてから、足早に家を出る。出たところでわずかに人の気配がした。鉢合わせて袋の中身である食糧を見られては面倒だ。そんなことを考えてあたりを見渡したプテリスはアスターに声をかけた。 「アスター、来た時と違って少し回り道をする。陰に注意を払ってくれ」 「了解しました。先を歩きましょうか?」 「いや、隣で問題ない。いくぞ」  プテリスはすぐに歩き出した。アスターも言われた通り隣をついて行きながら、民家の影や路地裏に続く道などに地盤のゆるみが無いか、罠は無いか、餌を待つ野盗はいないかを探し、警戒する。アンドロイド同士だって味方とは言い切れない。戦争で利用され、取り残されたアンドロイド達は今なお任務を遂行し、誰彼構わず武器を向ける。警戒はいくらしても足りないくらいだった。  幸い、アスターが銃を放つようなことも無ければ、重たいプテリスの荷物が盗まれるようなことも無いまま、何とかシェルターのある家までたどり着いた。 「お疲れさん。今日はもう寝た方が良いだろうし、明日も食事については必要だったら頼むから無理に作らなくていい」 「了解しました」 「あとは水かぁ……」  プテリスは少なくなってきた水で濡らしたタオルを受け取り、体をざっくりと拭いていく。綺麗にするというよりは、固まった土の塊を落とすために叩くような、とても簡易なものだった。しかし、やっておけば病気のリスクは少しだけでも減るだろうと、外に出た日はきちんと行っていた。  シェルターの奥へ行き、くしゃくしゃになったシーツの上に横たわる。壁の方に身を寄せ、いくらかぼぉっと壁を見やってからプテリスはアスターを見た。 「おやすみ」  短く告げ、結った髪をそのままに目を閉じる。 「おやすみなさい」  少年の返事が耳に届いたのかは分からない。ただ隈の出来ている目元は優しくゆるんでいた。
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