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3.一枚の写真
"アスター"それがアンドロイドである自分につけられた名前。アスターに名前をつけたのは部屋の隅にある机の上でカメラの手入れをしている男。彼の名はプテリス。アスターの主人だ。プテリスは何かと無頓着な人間だった。物も服も床に散らしたまま、一日中カメラと写真に向き合っている。放っておくと食事をとるのも忘れてしまう。人間には一日三食の栄養補給が必要だという自分のデータが間違えているのだろうか、とアスターは時々疑問に思っていた。
「ご主人様、そろそろ食事の用意をしましょうか?」
床に散らばった服を畳みながら、相変わらずカメラから目を離さない主人に声をかける。
「ああ、もうそんな時間か……」
プテリスは顔をあげ、グッと伸びをする。ふわぁとあくびをしてからアスターの方を見る。
「アスター、食事の準備を頼む」
「かしこまりました」
プテリスが食事をとっていた時、ひらりと一枚の写真が落ちた。以前、整理は自分でするから触らないでくれとプテリスが命令したことがあった。それ以降は写真に触れないようにしてきたアスターだったが、床に落ちたものを拾い上げる事は命令に違反するだろうか、とアスターは考える。
床に落ちた一枚の写真をじっと観察する。廃墟となり、倒れたビルの向こうから夕陽が差し込んでいる。
「ご主人様は何故、写真を撮るのですか?」
「え?」
プテリスは少し驚いた顔をした。アスターが写真について彼に尋ねたのはこれが初めてだったからだ。プテリスは少し考えてこう言った。
「残せるのはこれがいいって思ったんだ」
「……解答の意味が、よく分からないです」
「そうか」
プテリスはそれ以上語らなかった。アスターは疑問が解消されぬまま、床に落ちた写真を見つめる。何故プテリスはこの景色を残したいと思ったのだろう。残す事に、何の意味があるのだろう。アスターは思考する。
写真の中の夕焼けは赤く広がり、壊れたビルの窓からキラキラと光が漏れている。綺麗とは、こういうものの事を表すのだろう。プテリスが次に残す景色はどういったものだろうか。写真の事は相変わらずよく分からないが、プテリスが写す景色をもっと見てみたい。アスターは確かに、そう、思うのだった。
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