5.アスター

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5.アスター

 日差しの暖かいよく晴れたある日。プテリスはカメラを持って立ち上がった。 「今日は写真を撮りにいくぞ」 「了解しました」  アスターは上着を羽織り、ズボンのポッケに弾丸と拳銃を入れる。戦闘機に出会った時、プテリスに何かがあった時、プテリスを守るのはアスターの役目だ。しかし、プテリスはアスターが戦うのをあまり許してはくれない。アンドロイドである自分は所詮使い捨ての機械だというのに、何故なのだろう、とアスターは小首を傾げる。  シェルターを出て、プテリスと共に歩く。プテリスは周りをキョロキョロと見渡しながら歩いている。写真を撮りに出た日のプテリスはいつもこんな感じで、ふらふらと歩く。護衛をしているアスターとしては、プテリスがどこに進むのかの予測がしにくいため、その歩き方はやめて欲しいと密かに思っていた。  突然、あっとつぶやいてプテリスが立ち止まった。 「ご主人様?どうされました?」 「アスター」 「はい」 「いや、違う。アスターだ」  名前を呼ばれたのかと思ったがどうやら違うらしい。プテリスの目線の先を見てみると、そこには赤い花が咲いていた。 「これはお前の名前の花だ」 「これが……」  アスターが花の名前である事は知っていた。しかし実際に見るのはこれが初めてだった。花をじっくりと観察する。沢山の赤い花びらがぶわりと広がるその中心には、ボタンのように黄色い綿が鎮座している。 「これが僕の花」  髪も目も黒いアスターには、お世辞にも似合うとは思えない花だ。 「最近暖かかったからなぁ。コイツは寒さに弱いんだ」 「僕は暑くても寒くても平気です」  その時、プテリスの目元が少しだけ柔らかくなったように見えた。 「知ってるよ」  もう一度、花へと目を向ける。なるほど。これが自分の花なのかと思うとなんとなく目が離せず、じっと見つめていた。すると花の奥にあったある物が視界に入った。 「ご主人様、あの石はなんですか?」 「……ん?ああ、あれは墓石だな」  少し反応が遅れて、プテリスが答える。 「墓石……つまり、この下に死んだ人間がいるのですね」 「まあ、そうだな」 「死、とはどういうものなのでしょうか」  プテリスがグッと息を詰めたのを感じた。死、それはアンドロイドであるアスターには決して体験できない事。アンドロイドは壊れるが、壊れたアンドロイドは部品を入れ替えて新しく作る事が出来る。死とは、永遠の眠り。生きている人間の最後に等しく訪れるもの。では、アンドロイドの最後とはなんだろうか。それは、存在するのだろうか。 「僕にとっての死は、あるのだろうか」  ポツリと言葉が漏れた。これではご主人様を困らせてしまう。そう思った時、パシャリと機械的な音が聞こえた。目を見開き、音の方へ目を向ける。 「ああ、悪い。いい絵が撮れそうだったから。せっかく同じ名前の花がそこにあるんだ。アスター、お前も映れ」 「僕が映る事になんの意味が……」 「最近やけに質問が多いな。こういうのは記念に撮っとくものなんだよ」  言われるがまま、花の横に立つ。写真を撮っているプテリスを横から見る事は多かったが、こうしてレンズ越しに見られるのは初めてだった。 「楽しそうですね」 「……そうか?」 「さあ?」 「おい」  感情なんてアスターには分からない。ただ、今のプテリスの様子を言葉にした時、それが一番適切だと思っただけだ。  パシャリとシャッター音が鳴る。どう撮れたのかアスターが尋ねようとしたそのとき、プテリスの背後にずるりと近づく物があった。反射的に駆け出し、パンッと銃弾を放つ。戦闘機だ。アスターのように人間に似せて作られたアンドロイドとは違い、戦闘に特化して作られたアンドロイド。いくらアスターでも、こいつらと正面から戦えば故障無しではいられない。戦闘機が重そうな大砲をガタンとプテリスへ向ける。  いつもなら、プテリスを抱えて逃げるところだった。しかし、今日は違う。プテリスの奥には、あの花と墓石があった。アスターは駆け出した勢いのまま、全力で戦闘機を蹴り飛ばした。ドンッと戦闘機の体が傾く。その拍子に、大砲から弾が飛ばされる。幸いアスター達の方に飛ぶ事は無く、花も無事であった。 「ご主人様、逃げましょう」  サッとプテリスを抱え、走り出す。 「あっ!おい!」  プテリスは少し嫌そうな顔をしていたが、この方が早く逃げられるのだ。我慢してもらうしかない。少し左足のバランスが悪い。先程戦闘機を蹴飛ばした際に故障したのかもしれない。きっとこの後ご主人様に怒られるのだろう。そんな事を考えながら、アスターは走っていた。
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