君は覚えているだろうか?

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 人だかりの中心には、同じ中学校のガラの悪い3人の先輩たちとユリカがいて何やら揉めているようだ。 「だから、急に何なんだよテメェ!」  リーダーらしきスキンヘッドの先輩が顔を真っ赤にしてユリカの顔を指差す。  スキンヘッド先輩は立て続けに「ふざけんな!」とか「良い子ぶってんじゃねえよ!」「うぜぇから消えろ!」などとユリカを睨みつけながら喚き散らしている。  他の2人の先輩たちも、スキンヘッド先輩の真似をするように汚い言葉を使って騒ぎ立てていた。  人だかりの中で何かをしようとする人は誰もいない。大勢の大人たちは、まるで劇を観ているかのようにじっとしている。     僕のいる所までは聞こえてこなかったが、ユリカが何かを言ったのが口の動きでわかった。  その直後に、スキンヘッド先輩がユリカの胸ぐらを掴んだ。  と同時に僕は人混みをかき分けた。がむしゃらに前へ前へ進み、騒ぎが起きているところまで突き進むと、スキンヘッド先輩の顔面を思いっきり殴った。  今度は、僕がユリカを助ける番だ!  これまで喧嘩なんて一度もしたことがない。普段の僕は怖がりだから。でも、このときは全然恐怖を感じなかった。胸ぐらを掴まれているユリカを見た瞬間、幼稚園の頃の記憶が蘇り、記憶が僕を突き動かしたのだ。  暴力で問題を解決するなんて最低な行為だ。頭ではわかっているが、怒りを抑えられず、僕は殴った。 「ってえな!」  スキンヘッド先輩が叫び、少しよろめく。  すかさず、今度は腹を殴ろうとしたが、取り巻きたち2人に取り押さえられてしまった。  そこでようやく、何人かの大人の男性が近づいてきた。が、近づいてきただけで、明らかに先輩たちを怖がっている。誰も何も言わない。  ああ、今から僕はボコボコにされるんだと落胆した瞬間、「親友よ、助けにきたぜ!」と和歌山くんの声がした。  人だかりがざわめく。   「こいつ豪矢さんの弟だ」 「ヤベえ、手ぇ出したら後で絶対ぇ豪矢さんにボコられる」  僕を取り押さえている2人が慌てて、体から手を離した。 「おい! もういい! 行くぞ!」  スキンヘッド先輩が取り巻きに指示を出して、「てめぇら、どけよ!」と人だかりに向かって怒鳴ると、それまで興味津々に先輩たちを見ていた人たちは色々な方向に散っていった。 「お、おい! ご、豪矢さんには黙ってろよ」  スキンヘッド先輩は怯えるように言うと、取り巻きたちを引き連れて去っていった。   「佐藤くん、大丈夫か?」  和歌山くんが僕の傍に駆け寄る。 「うん」 「さっきは、からかって悪かった。謝ろうと思って追いかけたんだ」 「大丈夫。僕も悪かったんだ。急に走り出しちゃって…。あの、もうこの話は終わりにしようよ」 「ああ」 「あの……私もいるんだけど」  ユリカがボソッと言う。和歌山くんは一瞬困った顔をしたが「山田、怪我はないか?」と微笑んだ。 「うん、平気。ありがと」  ユリカは、今にも泣きそうな表情で声を震わせながら言った。 「そうか。どっちも無事でよかった。あの先輩たちさ、俺が通っている格闘技ジムで見かけたことがあるんだよね。奴ら、いつも兄貴にペコペコ頭下げてるんだよ」 「へえ、格闘技やってるんだ!」  ユリカが目を輝かせる。 「え、まあな。兄貴の影響で」  和歌山くんは得意げな顔をした。僕は初めて聞いたから驚いた。 「隠していたわけじゃないんだけどね。でも、ああいう人たちって単純だよね。自分より力が強いかどうかで態度が変わるんだからさ」 「わかる。本当に単純。まったく、この広場でお酒飲んで騒いでるのを注意しただけなのに、あんなに怒っちゃってさ。でも……あの、和歌山くん、佐藤くん、助けてくれてありがとう!」  ユリカが笑った。学校で一度も見たことがない表情だ。でも僕は、見覚えがある。 「ユリカだ。山田ユリカ。どこかで、また会おう!」と高々と右拳を上げ、その右拳を前に突き出しながら、僕をいじめていた男の子たちのいる所へ、雪の上をザクザク音を立てながら駆けていく映像が頭の中で流れる。    僕の初恋のシーンだ。 「あの、悪かったよ。ちゃんと、皆には話しておくから」  気まずそうに和歌山くんが言う。 「何が?」  ユリカが顔を引きつらせて、体をビクッと震わせた。 「山田を無視するのやめようってこと。俺が皆に、一人一人に言えばわかってもらえると思う」 「和歌山くんが言えば、簡単に皆の態度が変わるの? 凄いね。和歌山くんはクラスの中心だもんね。でもさ、もう、戻ってこないんだよ。私がイジメられていなかったら楽しめたはずの時間は……戻って来ないんだ」  ユリカは泣いた。 「タイミングがわからなかった。本当に悪かった! ごめん! ずっと迷ってたんだ!」  長い沈黙があった。 「……もういい。別の話をしようよ。なんか変だな。今は、和歌山くんと話していても全然怖くない。教室では、とても怖いのに」  また沈黙があった。今度は短い沈黙だ。僕が空気を壊して、沈黙を短くしたんだ。 「ねえ! 3人で何か食べに行こうよ! この話は一旦終わりにしてさ」  まるで今まで楽しい話をしていたみたいな雰囲気を咄嗟に作って、元気一杯に言った。正解のような気がしたから。  ユリカと和歌山くんの顔を見ると、2人ともホッとしたように笑った。 「うん、行こう」  ユリカが、僕に向かって優しく微笑む。その笑顔には、あの日の面影があった。  君は覚えているだろうか? 僕を助けてくれたことを。訊きたいけど、今は恥ずかしくて、訊くことができない。幼い頃の話に執着している自分が恥ずかしい。  でも、また君に出会えて良かった。  初恋が実ればいいな。  (了)  
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