君は覚えているだろうか?

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 夏休みに入ると、ろくに勉強もせずに和歌山くんと遊びまくった。  和歌山くんは隣のクラスに彼女がいるらしかったけれど「うーん! やっぱり男同士の方が気楽でいいや!」と言って毎日のように『今日も、どっか行こう。勉強なんて、やってらんねー!』という遊びに誘うメッセージが届いた。  ある猛暑の日、和歌山くんと映画を見に行った。僕は、映画にそれほど興味がないのだが「絶対、面白いから」と和歌山くんがグイグイと迫ってきたので仕方なく付き合うことになったのだ。 「なんか、微妙だったな」  映画館を出て人通りの多い道を歩きながら、和歌山くんが気まずそうにボソッと言って、俯いた。 「まあまあ良かったよ」  気を使ってそう答えたけれども、本当は、とてつもなく退屈な映画だった。 「佐藤くん、君は良いやつだな」 「いや、普通だよ」 「いやいや、間違いなく良いやつだ。……あーあ、学校行きたくねーな。ずっと夏休みだったらいいのに」 「学校嫌いなの?」 「まあまあ、かな。俺は友達が多い方だし。あと、こんなこと堂々と言うと嫌われそうだけど……女の子にもけっこうモテるから退屈ではない。だけどなぁ、ほら、俺らのクラスには山田ユリカがいるじゃん。あいつのこと見ているとイライラするんだよな。だから学校は、まあまあ。だな」  ―その言葉で恐怖と罪悪感が襲ってきた。  これまで、誰ともユリカの話題について喋ったことがなかった。ユリカはクラスの中で透明人間のような存在だったから、誰も彼女について話そうとはしなかったのだ。  でも、今、「山田ユリカがいるじゃん。あいつのこと見ているとイライラするんだよな」と和歌山くんが言った言葉で、はっきりと気づいた。    これはイジメで、『何もしないで見ているだけ』という行動をとっている僕もイジメに関わっているのだ。  今まで、自分を庇う言い訳ばかり考えていたけど。もう、自分の気持ちを誤魔化すことができない。  僕は良いやつなんかじゃない。イジメの加害者なのだ。 「ねえ、あの噂って本当なの?」 「どの噂?」 「山田さんが、小学校で調子に乗ってたから嫌われることになったって噂」 「ああ、本当。あいつさ、良い子ぶって、どんなに小さな悪いことでも先生に言いつけやがったんだよ。まるで、自分が今まで一度も悪いことをしてこなかったみたいにさ。そんな奴いる? いるわけないだろ? 今まで一度も悪いことしてきませんでしたって言うやつは間違ってると思う。誰だって、自分が気づかない間に悪いことをしていて、誰かを傷つけているんじゃないのかな」  その通りなのかもしれない。でも、その和歌山くんの言葉には、強烈な違和感がある気がした。 「そう……かも。でも、やっぱり噂は本当だったんだ。それで、皆から嫌われてイジメられるようになったんだね」  僕は、並んで歩く和歌山くんの顔を見た。何かを思い出しているような真剣な表情をしている。嘘をついているようには見えない。 「イジメ? 違うよ。ちょっと遠ざけているだけだって。佐藤くん……気になってるの?」 「え?」  『イジメ』と『遠ざけているだけ』は同じ意味ではないのだろうか?境界線のようなものがあるものなのか? という疑問が湧いた。が、答えは瞬時に出てこない。  僕は和歌山くんの質問の意味について考えることに集中した。  遠ざけられているユリカについてどう思うかということなのか、それとも僕がユリカに好意を持っているかということなのか。どっちの意味での質問なのだろう? 「山田のこと好きなのかってこと」 「いや、別に」 「ああ、なるほど」  そこで急に、和歌山くんが立ち止まった。僕はバランスを崩してしまい、通行人と肩がぶつかり「すみません」と謝った。通行人の母親くらいの年齢の女性が僕をチラッと見て、無関心そうに去っていく。  僕は、もう一度、和歌山くんの顔をじっと見る。 「やけに焦ってるからバレバレだって。佐藤くんは山田のことが好きなんだ」 「違う」 「大丈夫。誰にも言わないから。好きなんでしょ?」 「だから、違うって!」  その瞬間、僕は走り出した。僕を含むクラスメイトたち全員を大嫌いになっている自分と、未だにユリカのことが大好きな自分に気づいたから。それらの気づきは、一瞬で大きな罪悪感へと変化した。「おい! どこ行くんだよ!」と後ろから叫ぶ和歌山くんを無視して、何人もの通行人にぶつかりながら走り続けた。  走っていると人だかりが見えた。そこは駅前の広場で、一瞬、何かのイベントでもやっているのかな? と思ったが、違った。    
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