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白い弾丸に襲われて
この世界では、周期的に大災害が発生する。周期の最初には夜が続き、しんと静まり返る。ただひたすら、音のない闇の中で長い時を過ごす。
やがて世界の終わりが近づくと、目が眩むほどの強い光が差し込んで、大地が鳴動を始める。静寂の緞帳が引き裂かれ、怪物の咆哮が響き断続的な地震に襲われて、最後には天から水が滝のごとく流れ落ち、大洪水が全てを呑み込まんとする。まさに終末の光景であるが、これを耐えれば終わるというわけでもない。
水が引けば世界は最も激しく揺れる季節を迎え、それから強風が吹き荒れる。やがて風が収まると、周期は最初に戻り、また長い沈黙の時が訪れるのだ。
それは、もう幾度も繰り返された世界の理で、今回もまた同じ災害に見舞われるのだと、誰もが疑わなかった。しかし。
「くそっ、なんだこれは⁉︎」
大洪水に洗われる世界は、混乱の声で満たされた。
「こんな塊、見たことねえぞ。ぐふっ……」
水で膨れ上がり、世界を圧迫する白い弾丸。無数に飛び交うそれは、当然のように世界を蹂躙し、住人を殴り、圧迫する。
「あなた! これを離さないで。流されてしまう!」
彼を呼ぶ切羽詰まった声。しかし彼はもう限界だ。天地の区別がつかぬほど、世界が激しく回転している。
「うう、もう、だめだ……」
巨大な白い弾丸が、彼に迫る。強烈な勢いでやってきたそれは、彼の全身を容赦なく打ち、世界との唯一の接合部分を引きちぎる。
「も、もう終わりだ。ごめん、今までありがとう。君は僕の分まで元気で……」
「あなた、あなた! いやーーっ!」
彼は、糸屑となり、混沌の渦に呑まれて世界から消えた。
※
「ああっ! りょうちゃんったら、またポケットにティッシュ入れたままパーカーを洗濯機に入れたの⁉︎ 粉々になっちゃってるじゃない」
「はいはい、ごめんって」
「あんたね、洗濯機の中で散り散りになったティッシュがどれだけ手強いか知らないでしょ。ほら見て。ポケットの中、真っ白粉々だし、生地もボロボロ。糸だって抜けてる」
「そろそろ買い替えるかー」
「お小遣いで買いなさいよ。まったく。もう一度洗濯機をかけないと……」
※
豪雨が止んだ天上から、怒り狂った怪物と、対照的に呑気そうな仲間の咆哮が降ってくる。ポケットの中の住民、ささくれ立った糸たちは、いったい何が起こったのかわからぬまま、再び洗濯機に放り込まれ、またもや大洪水に押し流される。
常であれば、洪水と強風の後は、タンスの中での静寂が訪れるはずだった。この世が生まれてから、周期が乱れたのは初めてだ。歴史的大事件である。
「うわあぁあ! また洪水がぁ!」
ポケットの中の彼らは今日も、繰り返す天変地異に翻弄されながら、抜け落ちまいと布地にしがみつくのであった。
〈完〉
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