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線香を香炉に立て、おりんを鳴らす。
「チーン」と音が響くなか、私は手を合わせた。仏壇には父の位牌に遺影。
そしてその隣には小さな額縁に入れられた絵がある。それは幼い頃の私がクレヨンで描いた拙い父の似顔絵だ。
──何故、遺影があるのに似顔絵が飾られているのか?
それは遺影の父がムスっとした顔をしているのに対し、似顔絵では笑顔だからだ。
もともと画家だった父は、写真をあまり好まなかったからというのもあるし、専ら私や母を撮る側だった。
それに撮られるのに慣れていないのか、はたまた嫌だったのか、撮るとしてもカメラを向けられると顔が強張ってしまっていた。
そのため、この家には父の笑った写真は一枚もない。
「……だからって5歳の時に描いた絵を、ずっと飾られてるのは恥ずかしいなぁ」
でもしょうがない。この似顔絵を描いて数か月後、父は事故で他界。幼い頃に亡くなったために、私は父の笑った顔を覚えていなかった。
唯一顔を確認できる写真は、すべて強張った顔だけで。
「じゃあ、いってきます。お父さん」
登校するべく仏間を出ると、母が一着のコートを持ってやって来た。
「彩花! 今日は寒いからこれ着て行きなさい」
母が差し出したのは、ネイビー色のピーコートだった。
「これどうしたの?」
「パパが着てたのものよ」
「お父さんが? でも何で」
「自分に合う上着がないって言ってたでしょう? だから奥から引っ張り出して」
ここで言う「私に合わない」とは、好みの問題だけではない。私の身長が平均よりも高く、サイズが合う服がなかなか無いからだ。
現在私は高校二年生だが、身長は約172センチ。入学時の女子バレーボール部やバスケ部からの勧誘は……すごかった。
「確かに言ったけど」
「ちょうどパパも彩花と同じくらいの身長だったし、状態もいいから着て行きなさい」
コートの合わせは男性が左で、女性は右と違いがある。けれどピーコートは前の合わせを変えることができるので、着るのに問題はないが。
「でも」
「ほら! 早くしないと遅刻するわよ!」
「もう! わかったって!」
私はコートを羽織るとスクールバッグを持って、ローファーを履く。
「いってきまーす!!」
父のコートは思っていた以上に、暖かく着心地がよかった。
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