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『倉津先輩』
高校生・美形×平凡
熱しやすく冷めやすいと有名な倉津先輩を密かに好きな悠莉。ある日、その倉津先輩に告白されて、一時の夢でもいいと悠莉は頷く。
*****
ひとつ上の倉津遥真先輩は、いわゆるイケメンで、頭もいいし運動もできる、みんなの視線を集める存在。
その倉津先輩が『熱しやすく冷めやすい』のは有名な話。
一度加熱し始めたらすぐ沸騰。
でも冷めたら一気に氷点下。
だから周りは振り回される。
―――主に恋愛関係で。
「遥真先輩! なんでですか!」
まただ。
綺麗な女子生徒が倉津先輩の前で泣いている。
「なんでって言われてもなぁ…もう俺、キミの事どーでもいいし」
「昨日まであんなに『大好き』って言ってくれたじゃないですか!」
「行っていい? あと、もう俺の名前呼ばないで」
女子生徒の嘆きを無視して先輩はどこかに行ってしまう。
みんな次は誰が声をかけられるのかとそわそわし始める。
先輩はすごいイケメンでも恋愛面でははっきり言ってクズ男なのに選ばれてみたいらしい。
そして俺もやっぱり、選ばれてみたい人間のひとり。
でも俺が選ばれる事はない。
だって俺は顔面が地味だし平凡。
しかも影が薄いというか…自席にいるのにいないと思われる事さえあるくらい存在感がない。
「織原ー」
「はい」
「織原悠莉は休みか…」
「いえ、います」
「ああ、いるのか! 気付かなかった」
出席の時、返事をしてもこれ。
もう慣れた。
なんとなく窓の外を見ると、ひとつ上のクラスが体育の授業をしている。
よく見ると倉津先輩のクラスで、先輩の姿がある。
走る先輩は綺麗で、つい見惚れてしまう。
…クズ男だけど、先輩は優しい人。
新緑眩しい五月の事。
俺が図書室で高い場所にある本を取れずに困っていたら先輩が取ってくれた。
その日の当番の図書委員の人も背の高い人じゃなかったし、高い位置の本が多いのにうちの高校にはなぜか踏み台もないのでどうしようかと思っていたので本当に助かった…ちなみにその時不在にしていた司書さんは背の高い男性。
しかも俺が戻せないのもわかっていた先輩は、俺が読み終わったら静かにその本を元の場所に戻して先に帰って行った。
俺はまさかそのために残ってくれているなんて思わなかったから、図書室の閉まる時間までゆっくり本を読んでしまい、申し訳なさでいっぱいになった。
視界の隅に入っていた先輩は、本を一冊読み終えたらそのままただ隣に座っていた。
些細な事かもしれないけど、好きになるには十分だった。
でも、俺が選ばれるなんて事はあり得ない。
だからと言って俺から告白するなんてもっとあり得ない。
この気持ちは、心に秘めておくだけでも十分すぎるほどの価値があるもの。
その輝きを曇らせたくないから、大切にしまっておく。
…はずなのに。
「織原悠莉くん、俺と付き合ってください!」
真っ赤な顔をして倉津先輩は俺にそう言った。
「………え?」
「きみが今付き合ってる人には俺が話つけてきて、別れてくれるようにお願いしてくるから…だから!」
「…いえ、そういう人はいません、けど…?」
「ほんとに!?」
先輩の表情がぱあっと明るくなる。
「はい…」
「じゃあ、あの…俺と付き合ってください!」
「……」
なんで?
ていうかよく先輩、俺の存在に気付いたな…先生でさえ気付かない事がある俺の存在に。
図書室での事なんて、もう覚えてないだろうし。
そして俺の名前をどこから知ったんだろう。
そしてそして、ここは教室前の廊下。
今は昼休み。
みんな見てる。
目立つ事になれていない俺はそれだけでパニックになれる。
どの人も、『なんであの人?』って顔してる。
俺が聞きたい。
しかもクラスメイトが、『あれ、何組のやつ?』って一緒にいる生徒に聞いているが耳に入ってしまい、落ち込む。
「…………よろしくお願いします」
好きな人に告白されたら、誰だってそう答えてしまう。
それに倉津先輩の事だ、すぐに冷めて俺は振られるだろう。
だから一時の夢でもいいと思って頷いた。
一時の夢。
振られる未来は決まっているから、その時に深く傷つかないように、冷静に距離を置いて付き合う。
それが俺の先輩と付き合う上での覚悟。
ちょっと辛いけど…でも、近づき過ぎて、振られた時にぼろぼろに傷つくのは嫌だ。
……振られる未来は、決まっているから。
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