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「悠莉、一緒に帰ろう」
今日も迎えに来てくれる倉津先輩。
先輩が姿を見せると教室内がざわつく。
『まだ冷めてないんだ!』の意がこもっているのを俺はよく知っている。
だって俺もそう思っているから。
一時の夢でもと思って頷いてから二週間が経ってもまだ夢が終わらない。
なぜだ。
先輩の恋の温度も、これまでの噂から推測するにとっくに冷めているはず。
なのに。
「荷物持ってあげる」
「結構です」
「相変わらずつれないなぁ…そこも好きだけど」
「……」
そうやってさらっと『好き』なんて言われると、壁を作っているのが辛くなる。
「悠莉は俺が好き?」
「好きですよ」
「本当に? 俺はものすごくものすごく悠莉が好きだよ」
「本当です」
「じゃあ屋上からみんなに向かって『悠莉が大好き』って叫んでいい?」
「…やめてください」
俺だって先輩が好きだから先輩に心を許したいけどできない。
本当は力いっぱいで先輩を好きだって言いたい。
先輩がずっと俺を好きでいてくれるなら、俺だって壁を壊せるのに。
でも、必ず振られるとわかっている相手に心を曝け出せるほど俺は強くない。
それなら付き合わなければよかったのだろうか…でも、好きなんだよ。
膨らんだ風船を針で一突きして破裂させられるように、ほんのちょっと夢心地になったところでいきなり現実に落とすような、そんな残酷な人でも…先輩が大好きなんだ、俺は。
…でも、熱しやすくて冷めやすい先輩だから俺を選んでくれたんだろうな。
なにがスイッチになったのかわからないけど。
「あの、倉津先輩…」
「ねえ悠莉、いつになったら俺の事、名前で呼んでくれるの?」
「……」
だって、『遥真先輩』が唇に馴染んでしまったら、振られたあとにどうしたらいいかわからなくなる。
いつかは俺から離れて行くくせに。
なんだか無性に腹が立った。
「…どうせ『倉津先輩』に戻るんですから、変えなくてもいいじゃないですか」
口から出た言葉は、硬く凍っていた。
「え? ……どういう事?」
先輩の顔が引きつっている。
「悠莉? 悠莉は俺と別れるつもりなの?」
「……すぐ冷めるのは先輩のほうでしょう?」
言ってしまった…自分で夢から覚めるのを速めたかもしれない。
俺も顔が引きつる。
それ以上に先輩の表情は歪んでいる。
でも俺は止まれない。
「俺と付き合ったのだって、なにがきっかけかはわかりませんが、一時的に熱くなってるだけだって俺が知らないと思ってるんですか? すぐ冷めて捨てられるってわかってても、先輩が好きだから一時の夢でも嬉しかった俺の気持ちなんて先輩には一生わからない!」
声が大きくなってしまう。
先輩はただ黙って聞いている。
「俺は、…俺はずっと先輩が好きで…選んでもらえたのだって本当に嬉しくて…、でも振られる覚悟しながら付き合うのがこんなに辛いなんて思わなかった!!」
涙が零れて地面に落ちる。
頬を手で乱暴に拭うと、その手を先輩が掴む。
「俺の今までの行動が悠莉の心を硬くしてたんだね…ごめん」
「っもうやめてください! 俺はもう…っ」
もう貴方とは付き合えない。
こんな思いをしながら付き合いたくない。
嫌いになんてなれないけど、だったら前の関係に戻りたい。
ただ先輩を遠くから想っている俺と、それに気付かない先輩…その関係に戻りたい。
「悠莉、俺は冷静だよ。熱はとっくに冷めてる」
「…じゃあ、なんで」
なんで俺とまだ付き合ってるんだ。
「不思議なんだ。今まで付き合ってきた人達は、熱が冷めたら全然輝いて見えなくなったのに、悠莉は…悠莉だけは、熱が冷めて冷静になればなるほど輝いて見える」
「……」
「俺、図書室で本を読んでる悠莉の横顔が綺麗で気になってた」
先輩の温かい手が俺の頬を包む。
こんな触れられ方するのは初めてだ。
「…そんなの、もうずっと前じゃないですか」
「うん、そうだね。でもずっと悠莉が忘れられなかった。それからの間も色んな人と付き合ったのは本当だし、俺が熱しやすくて冷めやすいのも本当。悠莉が女の子と一緒にいるのを見てスイッチが入ったのも本当。今冷静なのも本当」
「女の子…?」
誰だそれ。
「髪の短い女の子と廊下を歩いてるの見たよ」
「??」
「同じ方向に歩いて行ってた」
「……それ、ただ歩いてる方向が同じだっただけじゃ」
それ以外考えられない。
女の子と並んで歩いた事なんてない。
先輩が俺に告白してくれた時の『きみが今付き合ってる人には俺が……』の謎が解けた。
「そうなの?」
「はい、たぶん」
「……そっか」
先輩の表情が綻ぶ。
こんな柔らかい表情もするんだ…。
どきどきする。
「ねえ悠莉…、悠莉の本当の気持ちを教えて。俺と別れたいなら正直にそう言っていいから」
「…それは…」
「でも、ほんのちょっとでも好きって思ってくれてるなら…」
「くれてるなら…?」
聞き返すと、先輩の真剣な瞳に捕まえられる。
あまりにまっすぐ見つめられるので動けなくなる。
「名前呼んで」
「名前…?」
「そしたら二度と『倉津先輩』って呼ばせないから」
「……」
―――どうせ『倉津先輩』に戻るんですから、変えなくてもいいじゃないですか。
先程の自分の言葉が頭に蘇る。
「それは…」
「もう一度言っとくけど、俺は冷静だよ」
「……」
心臓の音がうるさい。
指先が震える。
でも頬を包む先輩の手も震えてる。
寒いからじゃないっていうのは俺にだってわかる。
「…………遥真先輩…」
「悠莉…」
「…遥真先輩…っ…」
「悠莉…ありがとう…」
せっかく止まった涙がまた零れてくる。
それを遥真先輩の指がそっと拭ってくれて、ゆっくり唇が重なった。
「ありがとう…悠莉」
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