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◇◆◇
『放課後、教室で待ってて』
真永からのメッセージで朝からそわそわする。
授業の内容なんて全然頭に入らない。
昼休み、真永はすぐに教室を出て行った。
たぶん絵里さんのところに行ったんだと思う。
緊張する。
俺が緊張したってどうしようもないんだけど。
でも本当にこれでいいんだろうか。
絵里さんに申し訳ない気持ちで胸が痛い。
そこに藤本がなんでもない顔をして寄ってくる。
「凛音」
「…なんで名前」
「だって鴻上はそう呼んでんじゃん」
「だからって…」
「細かい事はいいだろ。一緒にメシ食お」
「なんで」
「いいから」
昨日のように俺の前の椅子に座ってパンの袋を開ける藤本。
仕方なく俺も同じようにパンの袋を開ける。
「……」
「鴻上は?」
「…彼女のところ」
「へえ…」
別れ話をしに行ったんだろうから、もう彼女じゃなくなるのか。
なんとなく藤本を見たら唇に傷痕がある。
俺は知ってる…これは噛まれた痕。
噛んだ人間も知っている。
俺だ。
俺の視線に気づいた藤本は、にや、と笑みを浮かべる。
「これ、しみるんだよな」
「…自業自得」
「そういう、意外と気が強いとこもすげー気に入ってる」
ゆっくり手を伸ばして俺の唇を指でなぞる藤本。
その手つきがあまりになめらかで、思わずぼんやりとされるがままになってしまってからはっとする。
「やめて」
「はは、あとちょっとだったのに」
俺の唇をなぞった指をぺろりと舐めて、それから目を細める。
なにこいつ。
「凛音?」
「!」
呼ばれたほうへ顔を向けると真永が立っている。
いつ戻ってきたんだろう。
もしかして、今の見られてた…?
「なんで藤本と…」
「違う、これは強引に」
「だって凛音が一緒に食べていいって言ってくれたから」
「違うでしょ、藤本が勝手にそこに座ったんじゃん!」
「『凛音』?」
真永の表情が険しくなる。
藤本の前に立ち、掴みかかりたいのを必死で堪えてる様子でぐっと拳を握っている。
「真永…」
「掴みかかってもいいよ? みんな見るだろーけど」
「……」
「だめだよ、真永」
落ち着いてもらわないと。
騒ぎを起こしたりしたら大変だ。
「凛音も大変だな。こんな短気な幼馴染持って」
「…なんで藤本が凛音を名前で呼んでんの?」
少し震えていて怒りが滲み出ているその低い声に俺はぞくっとする。
「凛音をどう呼ぼうと鴻上の許可はいらないだろ」
「は?」
「真永、落ち着いて」
藤本もなんでこういう言い方するんだろう。
他の人に対する態度と真永への態度が全然違う。
わざと神経を逆撫でするような言い方をしている。
「真永、落ち着いて…」
「……はぁ…」
もう一度繰り返す俺の言葉に真永は大きな溜め息を吐き、椅子を寄せて座る。
「……藤本は不快だけど俺もここで食べる」
「彼女とのランチタイムじゃないのかよ」
今度は藤本が不快そうだ。
とりあえず三人でパンを食べる。
俺は変などきどきが収まらない。
「彼女なんていないし」
「は?」
「さっき別れてきたのに仲良くふたりでランチタイムなんてないだろ」
むすっとしたまま真永が答える。
本当に別れてきたんだ…。
心臓が今度はばくばく言い始める。
「…鴻上、本気なんだ?」
「当たり前だ。凛音は渡さない」
「残念だったな。俺も本気だ」
「……」
なんて会話を…パンの味がわからなくなってきた。
そもそもふたりがこんな平凡な俺を好きだって言う理由がわからない。
なにかに秀でているわけでもないし、話していて楽しいって言われた事もない。
藤本と話したのなんて数えられるくらいだし。
真永にとって俺はいつまでも頼りない、情けない幼馴染だろう。
外見も中身も好かれる要素が全く見当たらない。
でもそんな事を聞くのはなんだか気が引ける。
自惚れているみたいだし、聞く事自体勇気がいる。
それにどちらかには応えられないのに根掘り葉掘り聞くのもよくない気がする。
「凛音のパン、うまそう」
「!」
藤本が俺の食べかけのパンにぱくりとかぶりつく。
真永が眉を顰める。
どうしよう、と思ったら。
「俺も」
と、藤本がかぶりついた場所に重ならないように、真永は俺の手を握って角度を変えさせてから同じように俺のパンにかぶりつく。
「!!」
藤本も眉を顰める。
真永は手を握った分だけ勝った顔をしている。
俺は手にしたパンをどうしたらいいのかわからずあわあわする。
「凛音、俺のパンも食べる?」
「俺のも食えよ」
真永と藤本が俺の前に自分達の食べかけのパンを差し出す。
そんなの、俺の許容量を遥かに超えていて無理過ぎる。
「遠慮します…」
静かに辞退し、なんとかふたりのかぶりついたパンを食べ切った……色々お腹いっぱい。
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