これが夢なら覚めないで

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そして放課後。 ついに放課後。 心臓のばくばくMAX。 教室で真永を待つ。 「凛音」 名前を呼ばれて違和感。 「…藤本?」 なぜか藤本が立っている。 真剣な顔。 「鴻上待ってんの?」 「……」 「あいつ、彼女…じゃなくて元カノか、捕まってたよ。なんか揉めてた」 「そう…」 じゃあ時間かかるのかな。 「わざわざありがとう」 「いーえ」 ぼんやり窓の外に視線を向けたら、すぐそばに藤本の気配を感じた。 「!?」 ぐっと腕を引かれて、そのまま藤本の腕の中に閉じ込められる。 「なっ…離して!」 「暴れんな」 「やだ…!」 俺がなおも抵抗すると更に腕の力が強くなって抑え込まれる。 苦しいくらいに抱き締められる。 「苦し…っ」 「おとなしくするなら力緩める」 「……」 仕方なく暴れるのをやめると、藤本は本当に力を緩めた。 柔らかいにおいがする。 「凛音」 「なに」 「キスしていい?」 「だめに決まってる」 「だよな」 わかってるなら聞くな。 …なんで俺、藤本に抱き締められてるんだ、と思いながら腕の中でおとなしくする。 藤本ってわからない。 女子から人気があるのに俺みたいなのにキスしたり、『俺にしろ』って言ったり。 悪いやつじゃないんだけど意地は悪いと思う。 嫌いじゃないし、好きか嫌いかって聞かれたら好きだけど、友達以上にはやっぱり見られない。 「藤本、離して…」 「“伊吹(いぶき)”」 「え?」 「“伊吹”って呼んでくれたら離す」 「……」 どうしよう。 でも早く離してもらわないと、真永が戻ってきたら…。 仕方ない。 「……伊吹」 「凛音?」 「!!」 教室のドアのほうへ顔を向けると真永が愕然とした表情でこちらを見ている。 「凛音、今…」 「ちが…真永!」 「っ…!」 真永はそのままどこかに走って行ってしまう。 「藤本、離して! 真永が…!」 「“伊吹”だろ」 「伊吹、離して!」 「……」 伊吹はぱっと手を広げて俺を解放する。 俺は真永の走って行った方向へと追いかける。 小さく真永の背中が見える。 足の速い真永に、体育平均点以下の俺が追い付けるわけないけど、今は追い付きたい。 息が切れて苦しい。 足が重たくて縺れて転びそうになる。 先生に注意された。 謝って速度を一旦落としてまた走り出す。 どれくらい走っただろう。 真永は全然スピードを緩めず走り続けて、特別教室のある校舎の端まで行って止まった。 俺はなんとか追い付いて息を整える。 「…なんで追いかけてきてんの?」 「……はぁ、はぁ…まっ、て…息、くる、し…」 体育でもこんなに全力で走らないから本気で苦しい。 俺がぜえぜえしていると真永が振り返って泣きそうに歪めた顔をして俺を抱き締めた。 「……凛音のばか」 「はぁ…はっ…ん、まって…はぁー…」 ようやく息が整ってきた。 そういえば真永は全然息が切れていなかった…すごい。 俺の顔を覗き込んで、切なげに真永は微笑む。 「藤本と付き合うんだろ?」 「え?」 「凛音がそう決めたなら応援するよ」 「は?」 伊吹と付き合う? 応援? 「なに言って…」 「もう俺の事なんていいから、藤本のとこ戻りな? 凛音の事、待ってるんだろ?」 また泣きそうな顔。 なにそれ。 「俺ももう帰るから。先に教室戻るな」 俺を置いて教室に戻って行こうと背を向ける真永。 なにそれ? 「っ…ちゃんと告白してくれるんじゃなかったの!?」 真永の背中に言葉を思いきりぶつける。 ゆっくり振り返る真永。 「俺は……俺は、真永がずっとずっと好きで、真永が告白してくれるって言ってくれて嬉しくて、だから教室で待ってたのに…」 「凛音…?」 「俺が好きなのは真永なのに…!!」 俺の告白が、俺と真永以外いない廊下に響く。 ぼろぼろ涙が落ちて真永が滲んで見える。 「凛音、ほんとに…?」 「……いい。信じてくれないなら伊吹と付き合う。それでいいんでしょ」 投げやりに言って真永の横を通り過ぎようとしたら腕を掴まれてそのまま抱き締められた。 「だめだ。藤本なんて絶対だめだ。凛音は俺じゃないとだめだ」 「…さっきは応援するって言った」 ぐずぐずしながら文句を言うと真永がタオルハンカチをポケットから出して涙を拭いてくれる。 「ふたりが抱き合ってるの見て、ちょっと弱気になった」 「…もう元に戻った?」 「うん。凛音のおかげ」 「よかった…」 教室に戻ると伊吹の姿はもうなかった。 閉めたはずの俺の通学バッグが開いているので中を確認すると、ペンケースも開いている。 「?」 俺がいつも使っている赤いシャーペンがない。 代わりにシンプルなブラックのシャーペンが入っている。 それを横から覗き込んだ真永が。 「それ、藤本のシャーペン…」 「え?」 「交換したの?」 「知らない。見たら入ってた。代わりに俺のシャーペンがない」 「……はぁ」 真永が大きな溜め息を吐いて伊吹のシャーペンを手に取る。 「俺から藤本に返しとく」 「わかった」 帰る準備をして、さあ帰ろうかってなってから真永が『あ』と声を上げて机にバッグを置く。 「どうしたの?」 「凛音もバッグ置いて」 「? うん」 真永の机にバッグを置くと、俺の両手を真永が握った。 「樋口(ひぐち)凛音さん」 「…はい」 「好きです…小さい頃からずっと好きでした。付き合ってください」 真剣な顔。 心臓が爆発しそう。 握られた手をぎゅっと握り返す。 「はい。よろしくお願いします」
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